「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

始まりの物語「魔法の金の石」

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11.奇跡

 フルートを乗せて、ゴーリスは馬を走らせました。

 沢に沿って駆けていくと、森は彼らの前で次々に枝を引き、道を開けていきます。その様子にゴーリスが言いました。

「不思議だな、森が俺たちを通している。こんなことは今まで一度だってなかったのに。おまえたちを探しに来たときにも、ひとりでに森が道を開いて、おまえたちのところまで案内したような感じだったんだぞ」

 フルートは泉の長老の顔を思い浮かべました。長老が道を作ってくれているのに違いありません。

 やがて、馬は森を抜け、荒野に飛び出しました。

 荒野はもう夕暮れでした。赤く染まった空の下になだらかな丘が続き、その向こうにシルの町が見えます。

「急いで!」

 とフルートがせかすと、ゴーリスは言いました。

「そんなにあせるなよ。こいつは年寄り馬だ。二人も乗せて森の中を早駆けさせたんだから、少し休ませないとな。それに、もう日暮れだ。馬が窪地に足を取られたら大変だぞ」

 フルートは唇をかみました。今日はもう何度こうして唇をかみしめたことでしょう。

 すると、荒野の中に、ぽつんと白い馬の姿が見えました。フルートを乗せてきたブランです。

「ちゃんと待ってた!」

 フルートは歓声を上げて白馬に駆け寄りました。

「やれやれ。おまえの家の馬がいたか」

 とゴーリスが言いました。これでお役ご免、と安心しているようです。

 フルートはブランに飛び乗ると、馬の腹を蹴って言いました。

「走れ、ブラン! 家まで突っ走るんだ!!」

 ブランは一声いななくと全速力で駆け出しました。

「おいおい」

 ゴーリスはあきれてそれを見送りました。

「いったいどうしたって言うんだ。競争でもしているのか?」

 フルートを乗せた馬はみるみる遠ざかっていきます。

 ゴーリスは、ふぅむ、とうなって、ひげだらけの顎をなでました。

「……しょうがないな。最後までつきあってやるか」

 ゴーリスはそうつぶやくと、フルートの後を追って、これまた全速力で馬を走らせ始めました。

 

 

 フルートが町はずれの自分の家に着いたとき、日はとっぷりと暮れ、空には星がまたたき始めていました。

 玄関のドアを開けて飛び込むと、家の中は真っ暗で、居間には誰もいませんでした。さっきまであんなに大勢集まっていた大人たちが、みんないなくなっています。

 フルートの心臓が早鳴り始めました。

 フルートは間に合わなかったのでしょうか? お父さんはもう、死んでしまったのでしょうか……?

 

 すると、奥の部屋のドアが開いて、医者が顔を出しました。

「誰だね?」

 ドアの隙間から洩れた灯りがフルートを照らすと、医者は歓声を上げました。

「おお、フルートか! 良かった! おまえが魔の森に行ったと知らせが入ったんで、みんなおまえを捜しに行ったんだぞ。やれやれ、とんでもない誤報だったな」

 フルートはそれには答えず、今にも息が止まりそうなくらいどきどきしながら、奥の部屋に近づきました。

「先生……お父さんは……?」

 医者はなんとも言えない表情でフルートを見つめました。

「まだ生きているよ。だが、今夜一晩もたないだろう……。お父さんのそばに行って、話しかけてあげなさい。今ならまだ聞こえるかもしれん」

 そこへ、フルートの後を追ってゴーリスが入ってきました。薬の匂いが充満した暗い部屋に眉をひそめ、医者に尋ねます。

「何があったんだ?」

 医者がゴーリスと低い声で話を始めます。

 フルートは話を背後に聞きながら、急いで奥の部屋に入っていきました。

 

 ランプの光の中に、お父さんが横たわっていました。フルートが家を出たときと同じように、体中に包帯を巻かれてベッドに寝ています。

 けれども、その口からはもう、うめき声は出ていませんでした。ただ、浅くて速い呼吸が今にも止まりそうになりながら続いているだけです……。

 お父さんの枕元には、お母さんがひとりで座り込んでいました。お父さんを見つめ続けるお母さんの目から、涙が後から後からあふれています。

 フルートは大きく息を吸い込むと、そっとベッドに近づいていきました。枕元に立って声をかけます。

「お父さん……」

 返事はありません。

 フルートは大急ぎで首から金の石のペンダントを外すと、お父さんの胸の上に置きました。

「フルート……?」

 お母さんが泣き顔を上げて、不思議そうに息子を見ます。

 

 すると、お父さんが突然大きなうめき声を上げました。

 お母さんとフルートは、びっくりして飛び上がりました。

 お父さんの体が引きつるように二度三度と大きくのけぞります。

 お母さんは悲鳴を上げてお父さんにしがみつきました。いよいよ最期のときが来たのだと思ったのです。

 ところが、お父さんの息づかいが急に規則正しくなっていきました。包帯の隙間からのぞく傷やあざが、みるみる薄くなっていきます。

「あなた……?」

 お母さんは信じられないようにお父さんを見つめました。フルートも、お父さんの腫れ上がった顔が元に戻っていくのを、息を詰めて見守りました。汚れをぬぐい取るように傷跡が消えていきます──

 やがて、お父さんは目を開けました。フルートそっくりの青い目が、妻と息子を見上げます。

「ハンナ……フルート」

 お父さんが、はっきりとそう言ったので、お母さんはまた悲鳴を上げました。そのまま声を上げて泣き崩れてしまいます。嬉し泣きです。

 

 その声を聞きつけて、医者とゴーリスが部屋に入ってきました。沈痛な表情をしています。フルートのお父さんが、とうとう亡くなったのだと思ったのです。

 ところが、お父さんがベッドの上に起きあがったので、二人はびっくり仰天しました。

 お父さんは、包帯だらけの自分を見回して言いました。

「私はいったいどうしたんだろう? 何があったんだ?」

 医者は大急ぎでお父さんから包帯をほどいていきました。お父さんは体中どこにも傷がありませんでした。本当に、かすり傷ひとつ負っていなかったのです。

「信じられん! 全身の骨が折れていたのに! 内臓も何もかも、めちゃくちゃになっていたはずなのに! 奇跡だ!」

 医者が天を振り仰いで叫びましたが、お父さんは、きょとんと不思議そうな顔をしていました──。

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