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始まりの物語「魔法の金の石」

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3.魔の森

 魔の森は、昼でも薄暗い場所でした。

 周囲には木がほとんど生えない荒野が広がっているのに、そこだけはまるで何かの結界のように、木がぎっしりと生い茂っているのです。冬でも葉を落とさない木々は、奇妙な形にねじ曲がっていて、緑の巨人の集団のように見えます。

 フルートが魔の森に近づいくと、なんとも言えない雰囲気はどんどん強くなり、ブランの足取りが重くなってきました。フルートはブランを励ましながら前進していきましたが、とうとう一歩も歩かなくなってしまったので、しかたなく降りて歩くことにしました。

 そのあたりに馬をつなぐような木立はありません。

「いいかい、ここで待っているんだよ。必ずお父さんに金の石を持ってくるからね」

 ブランにそう言い聞かせて、フルートはひとりで森に向かいました。

 森に近づいていくと、不気味な気配はますます強まります。フルートは進みながら、顔に噴き出す冷たい汗をぬぐいました。押しとどめるような圧力が森から伝わってきます。それはまるで、魔の森が目に見えない巨大な手を伸ばして、フルートを押し返そうとしているようでした。

 

 ところが、急に森の一角から騒ぎが聞こえてました。

 ィヒヒヒーン グィヒヒヒヒーン……!

 馬のいななきでした。たくさんの馬が狂ったように鳴きわめいています。びっくりしたフルートは、思わず怖さも忘れて駆け出しました。

 森のはずれにいたのは六頭の馬でした。木につながれていますが、どの馬も魔の森の気配におびえて、逃げだそうと暴れていました。後足立ちになり、蹄で地面や木を蹴りつけ、泡を吹きながら馬同士でかみつこうとします。

「こ、こら! やめろったら……!」

 フルートはあわてて止めようとしましたが、馬たちは興奮していて、危険で近づくこともできませんでした。その中にガキ大将のジャックの馬がいることに、フルートは気がつきました。

「まさか……」

 フルートが森の中を見た時、荒野から馬の足音が近づいてきて、少女の声が響きました。

「まあ、フルート! あんた、こんなところでなにしてるのよ!?」

 おさげ髪のリサでした。スカートのままで馬にまたがり、片手に鞭を握りしめています。嫌がる馬を鞭で叱りながらここまでやってきたのです。

 フルートも目を丸くしました。

「リサこそ。何をしに来たの?」

「チムよ!」

 とリサは怒ったように答えると、鞍(くら)から飛び降りて、暴れている馬を眺めました。

「やっぱりここに来たのね。チムったら父さんの馬を勝手に連れ出したのよ。ジャックたちの姿も町に見あたらないし。ぴんときてここに来てみたら、案の定だわ」

 話しながらリサは鞭を振り上げ、ぴしりと鋭く鳴らしました。

「どぅーっ! 落ちつきなさい、おまえたち!」

 とたんに一頭の馬がぴたりと静かになりました。リサの家の馬でした。つられるように他の馬たちも次々おとなしくなります。リサの家はたくさんの馬がいる大きな牧場で、リサ自身も馬の扱いがとても上手だったのです。

「よしよし、ひどい目に遭ったわね。こんなところに連れてこられて、置いてきぼりにされて」

 リサは馬たちの頭を優しく抱きながら話しかけました。馬たちがいっそう落ち着いていきます。

 フルートはひとりごとのように言いました。

「ジャックたちは今日、魔の森に行くつもりだったんだな。ぼくたちには、わざと一日遅く行くように言っていたんだ」

 どうりで、ずいぶんあっさりと計画を話したはずだ、とジャックの様子を思い出して納得します。

 リサは意外そうな顔になりました。

「なによ。フルートはジャックやチムたちと一緒に肝試しに来たわけじゃないの? じゃ、なんでこんなところにいるのよ?」

 フルートは答えに詰まりました。お父さんのことを話すのは、相手がリサでも、ためらわれる気がしたのです。

「なによ。なんで黙っているわけ?」

 とリサがフルートを問い詰めます。

 

 そのとき、森の中で鳥の鳴き声がしました。

 ギギ、ギキキィィィー……!!!

 つんざくような声にフルートとリサが思わず飛び上がると、今度は森から悲鳴が上がりました。

「助けてくれぇぇ!!」

 叫びながら飛び出してきたのは二人の少年でした。空き地でフルートをからかったジャックの子分たちです。真っ青な顔で馬に走ると、飛び乗って一目散に逃げていきます。そばに立っていたフルートやリサなど見えてもいないようでした。

 すると、その後を追って森からジャックと二人の少年が走ってきました。ジャックは猛烈に怒って両腕を振り回しています。

「戻ってこい、腰抜けども! ただの鳥の声じゃねえか! 戻ってきやがれ――!!」

 ジャックたちとフルートとリサが鉢合わせしました。

 ジャックは目を見張ると、たちまちばつの悪そうな表情になり、すぐにすごむような顔つきに変わりました。

「なんだ、おまえら。俺たちを連れ戻しに来たのか?」

 リサは、くすりと笑うと、頭をそらして意地悪くいいました。

「ええ。きっと森の中で怖くて震えてると思ってね。案外近くにいたんじゃないの」

 ジャックは地団駄(じだんだ)を踏んでわめきました。

「あんな腰抜けどもは、もう俺の子分でもなんでもねえ! 鳥が一声鳴いただけでおじけづきやがって。あんなヤツらは足手まといなだけだ!」

 それから、ジャックはフルートをじろりと見ました。

「ふん、お嬢ちゃんまでこんなところに来たのかよ。小便もらさないうちに、とっとと家に帰れ」

「あら、フルートの方があんたの子分たちよりよっぽど度胸があるかもよ。鳥が鳴いたくらいじゃ逃げ出さなかったものね」

 とリサはまた笑い、突然真顔になりました。

「ちょっと……チムはどこよ? あんたたちと一緒じゃなかったの?」

 ジャックの後ろにいるのは背の高い二人の少年だけでした。小柄なチムの姿はありません。

 ジャックは地面に唾を吐きました。

「あいつは真っ先に臆病風に吹かれて、飛んで逃げやがったよ。今頃は泣きながら家に帰ってるさ」

「馬鹿言わないで! チムが乗ってきた馬はここにいるのよ!」

 とリサは言い返しました。リサの家の馬は二頭とも森の端につながれています。

「ぼくは途中でチムに会わなかったよ」

 とフルートは言いました。チムを見かけなかったのはリサも同じです。

「チム! どこよ、チム!?」

 リサは大声で呼びましたが、弟の返事は聞こえてきませんでした。

 リサは青くなりました。

「あの子、魔の森の中で迷子になったんだわ! なんて馬鹿なの!」

「探そう」

 即座にそう言って歩き出したのは、他でもないフルートでした。ためらうことなく木々の間をくぐって、森に入っていきます。

 リサやジャックたちは一瞬ぽかんとそれを見送り、すぐに我に返りました。

「ちょっとジャック、あのフルートが探しに行くってのに、あんたはこんなところで震えてるわけ? チムはあんたの子分よ。親分なら一緒に探しなさいよ!」

 リサにきつい調子で言われて、ジャックは息巻きました。

「当たり前だ! 行くぞ、ペック、ビリー! フルートより先にチムを見つけるぞ!」

 それを聞いて二人の子分は顔をしかめました。また魔の森の中に戻るのが嫌だったのです。ジャックににらまれると、肩をすくめて言います。

「チムはチビ助だから、そのへんの葉っぱの陰にでも隠れてるんじゃないのか?」

「フルートなんか気にすることないだろう。すぐに泣いて逃げ出すに決まってるんだ」

 けれども、リサがフルートの後を追って森に入っていき、それに追いつき追い越そうとジャックが走っていったので、ペックとビリーもしかたなく森に入っていきました。

 森の中は薄暗く、ひんやりと湿った空気がよどんでいます。

 子どもたちはあちこちへチムの名を呼びながら、探し始めました。

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