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外伝27「王の樹」

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4.朝

 翌日の早朝。

 フルートはポポロを彼女の部屋の前まで送ってきていました。

 ハルマスにまだ起床の角笛は響いていなかったので、作戦本部の中は静かでした。部屋の中からも人の動く気配はしません。

「ごめんね、こんな時間まで。疲れてるだろう?」

 とフルートが声をひそめていったので、ポポロは、ううん、と首を振りました。

「大丈夫よ。あたしもいつの間にか眠っちゃってたんだもの。フルートも、もう大丈夫ね……?」

「うん、ありがとう。じゃあ、また後でね」

「ええ、また後で」

 二人はごく低い声で話し合うと、扉の前で別れました。ポポロは自分の部屋に入ろうとします。

 すると、その目の前で部屋の扉がいきなり開いて、太い腕がぬっと伸びてきました。通路を引き返そうとしていたフルートの背中を捕まえて、ぐいと部屋に引きずり込んでしまいます。

 それはゼンでした。後ろ向きに倒れそうになったフルートをにらみつけて言います。

「やっと出てきやがったな、このすっとこどっこいの色男。ポポロを朝帰りさせるなんて、案外やるじゃねえか」

 とたんにメールとルルとポチも、わっと駆け寄ってきました。全員がもう起きていたのです。廊下で立ち尽くしていたポポロも部屋に引っ張り込み、扉をしめると、いっせいに話し出します。

「もう、ポポロったら! いつ戻ってくるのかと思ってたら、とうとう朝まで帰ってこないんですもの! 驚いたわよ!」

「ワン、フルートはすっかり元気になりましたね。よかった」

「ポポロが一晩中そばにいたんだもん、そりゃそうだよね」

「おかげで俺とポチは部屋に戻れなくて、メールたちの部屋に泊まることになったんだからな!」

 で、どうだった? と全員がフルートとポポロに尋ねます。

「ど、どうって……」

 ポポロはうろたえ、真っ赤になった頬に両手を押し当てました。

 フルートも赤く染まった顔で言います。

「君たちが期待してるようなことはなかったよ! ただポポロにずっと話を聞いてもらって、そのうちに二人とも眠っちゃったんだ! 目が覚めたらもう夜明けだったんだ!」

「えぇ、何もなかったのかい!? 本当に!?」

「やだぁ、なによそれ! 一晩中一緒だったっていうのに、信じられない! とんだ甲斐性なしね、フルート!」

「か、甲斐性──?」

 思いがけない非難にフルートは目を白黒させました。

 ポポロは恥ずかしさのあまり、両手で顔をおおってしまっています。

 

 ポチはくんくんと匂いをかいでから、笑うように言いました。

「ワン、でもフルートは本当に元気になりましたね。昨日はずいぶん落ち込んでいたから心配したんだけど、もう大丈夫そうですね。さすがポポロの威力は絶大だなぁ」

「それはそうよ。ポポロはフルートの特効薬ですもの」

 とルルが自分のことのように自慢します。

 ゼンは腕組みして、ふふん、と笑いました。

「よかったじゃねえか、元気になれて。敵を殺したくねえって悩むのはおまえらしいけどよ、今はそんなことも言ってられねえ状況だもんな」

 すると、フルートはそんな親友をまじまじと見ました。

「今朝はずいぶん機嫌いいんだな、ゼン。いつもなら、あと五回くらいぼくをどなってるところなのに。何かいいことでもあったのかい?」

「あん? 俺はいつもと変わらねえぞ。変なことを言うな」

 とゼンは空とぼけましたが、嘘が下手くそなので、たちまち仲間たちにばれてしまいました。

「あら、そうよ! ゼンったらメールと一緒に帰ってきたときから、ずっと機嫌が良かったわ!」

「ワン、メールもですよ! 二人とも昨夜からずっと最高に嬉しそうな匂いをさせていたもの!」

「なんだ、君たちも二人きりでいたんじゃないか! 何があったのさ? ぼくばかり責めてないで話せよ!」

 ここぞとばかりにフルートも反撃に回ったので、今度はゼンとメールがうろたえる番になりました。別に何もねえよ! ただ花鳥で夜の散歩をしてきただけだよ! と口々に言い訳をします。

 その様子があまり必死だったので、ポポロが吹き出しました。笑いながら言います。

「二人とも真っ赤よ……あたしたちよりもっと赤くなってるわ」

 ゼンとメールはますます赤くなりました。ゼンなど、怒ったらいいのか困ったらいいのかわからなくなっていましたが、フルートや犬たちまでが笑い出したので、とうとう肩をすくめました。

「ま、なんだ。お互い詮索はなしってことにしておこうぜ。野暮だもんな」

「そうだな」

 とゼンとフルートで言い合い、全員でまた笑います。

 そんなゼンとメールの左の薬指には、王様の樹にもらった指輪がありました。目には見えませんが、若枝の芳香をかすかに放っています──。

 

 そこへ外から角笛の音が聞こえてきました。起床の時間が来たことを、本部の屋上からハルマス中へ知らせているのです。砦の戦士たちを夢から揺すぶり起こします。

「オリバンとセシルは早起きだから、もう起きてるはずだ。闇の王の軍勢やセイロスとどう戦えばいいか相談しに行こう」

 とフルートが言ったので、仲間たちはうなずきました。

「作戦会議だね!」

「今度こそ、あの連中をぶっとばして、二度とちょっかい出してこない作戦を立てようぜ!」

「ワン、この砦には本当に大勢の味方が集まってますからね」

「そうよ。みんなの力をうまく使えば、きっと闇に勝てるはずよ」

「それを考えるのはフルートね」

 とポポロが言ったので、フルートもすぐにうなずきました。

「わかってる。それがぼくの役目だ。行こう。今度の今度こそ、必ず闇に勝って世界とみんなを守るんだ」

 おう! と仲間たちは声を揃えて応えました。闇に打ち勝って世界と人々を守る。それは非常に大きな目標でしたが、彼らはみんな本気でした。

 扉を開けて、彼らは朝日が差し込む通路へ出て行きました──。

The End

<次巻シリーズ完結>

(2021年3月19日初稿)

2021年3月18日
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