翌日の早朝。
フルートはポポロを彼女の部屋の前まで送ってきていました。
ハルマスにまだ起床の角笛は響いていなかったので、作戦本部の中は静かでした。部屋の中からも人の動く気配はしません。
「ごめんね、こんな時間まで。疲れてるだろう?」
とフルートが声をひそめていったので、ポポロは、ううん、と首を振りました。
「大丈夫よ。あたしもいつの間にか眠っちゃってたんだもの。フルートも、もう大丈夫ね……?」
「うん、ありがとう。じゃあ、また後でね」
「ええ、また後で」
二人はごく低い声で話し合うと、扉の前で別れました。ポポロは自分の部屋に入ろうとします。
すると、その目の前で部屋の扉がいきなり開いて、太い腕がぬっと伸びてきました。通路を引き返そうとしていたフルートの背中を捕まえて、ぐいと部屋に引きずり込んでしまいます。
それはゼンでした。後ろ向きに倒れそうになったフルートをにらみつけて言います。
「やっと出てきやがったな、このすっとこどっこいの色男。ポポロを朝帰りさせるなんて、案外やるじゃねえか」
とたんにメールとルルとポチも、わっと駆け寄ってきました。全員がもう起きていたのです。廊下で立ち尽くしていたポポロも部屋に引っ張り込み、扉をしめると、いっせいに話し出します。
「もう、ポポロったら! いつ戻ってくるのかと思ってたら、とうとう朝まで帰ってこないんですもの! 驚いたわよ!」
「ワン、フルートはすっかり元気になりましたね。よかった」
「ポポロが一晩中そばにいたんだもん、そりゃそうだよね」
「おかげで俺とポチは部屋に戻れなくて、メールたちの部屋に泊まることになったんだからな!」
で、どうだった? と全員がフルートとポポロに尋ねます。
「ど、どうって……」
ポポロはうろたえ、真っ赤になった頬に両手を押し当てました。
フルートも赤く染まった顔で言います。
「君たちが期待してるようなことはなかったよ! ただポポロにずっと話を聞いてもらって、そのうちに二人とも眠っちゃったんだ! 目が覚めたらもう夜明けだったんだ!」
「えぇ、何もなかったのかい!? 本当に!?」
「やだぁ、なによそれ! 一晩中一緒だったっていうのに、信じられない! とんだ甲斐性なしね、フルート!」
「か、甲斐性──?」
思いがけない非難にフルートは目を白黒させました。
ポポロは恥ずかしさのあまり、両手で顔をおおってしまっています。
ポチはくんくんと匂いをかいでから、笑うように言いました。
「ワン、でもフルートは本当に元気になりましたね。昨日はずいぶん落ち込んでいたから心配したんだけど、もう大丈夫そうですね。さすがポポロの威力は絶大だなぁ」
「それはそうよ。ポポロはフルートの特効薬ですもの」
とルルが自分のことのように自慢します。
ゼンは腕組みして、ふふん、と笑いました。
「よかったじゃねえか、元気になれて。敵を殺したくねえって悩むのはおまえらしいけどよ、今はそんなことも言ってられねえ状況だもんな」
すると、フルートはそんな親友をまじまじと見ました。
「今朝はずいぶん機嫌いいんだな、ゼン。いつもなら、あと五回くらいぼくをどなってるところなのに。何かいいことでもあったのかい?」
「あん? 俺はいつもと変わらねえぞ。変なことを言うな」
とゼンは空とぼけましたが、嘘が下手くそなので、たちまち仲間たちにばれてしまいました。
「あら、そうよ! ゼンったらメールと一緒に帰ってきたときから、ずっと機嫌が良かったわ!」
「ワン、メールもですよ! 二人とも昨夜からずっと最高に嬉しそうな匂いをさせていたもの!」
「なんだ、君たちも二人きりでいたんじゃないか! 何があったのさ? ぼくばかり責めてないで話せよ!」
ここぞとばかりにフルートも反撃に回ったので、今度はゼンとメールがうろたえる番になりました。別に何もねえよ! ただ花鳥で夜の散歩をしてきただけだよ! と口々に言い訳をします。
その様子があまり必死だったので、ポポロが吹き出しました。笑いながら言います。
「二人とも真っ赤よ……あたしたちよりもっと赤くなってるわ」
ゼンとメールはますます赤くなりました。ゼンなど、怒ったらいいのか困ったらいいのかわからなくなっていましたが、フルートや犬たちまでが笑い出したので、とうとう肩をすくめました。
「ま、なんだ。お互い詮索はなしってことにしておこうぜ。野暮だもんな」
「そうだな」
とゼンとフルートで言い合い、全員でまた笑います。
そんなゼンとメールの左の薬指には、王様の樹にもらった指輪がありました。目には見えませんが、若枝の芳香をかすかに放っています──。
そこへ外から角笛の音が聞こえてきました。起床の時間が来たことを、本部の屋上からハルマス中へ知らせているのです。砦の戦士たちを夢から揺すぶり起こします。
「オリバンとセシルは早起きだから、もう起きてるはずだ。闇の王の軍勢やセイロスとどう戦えばいいか相談しに行こう」
とフルートが言ったので、仲間たちはうなずきました。
「作戦会議だね!」
「今度こそ、あの連中をぶっとばして、二度とちょっかい出してこない作戦を立てようぜ!」
「ワン、この砦には本当に大勢の味方が集まってますからね」
「そうよ。みんなの力をうまく使えば、きっと闇に勝てるはずよ」
「それを考えるのはフルートね」
とポポロが言ったので、フルートもすぐにうなずきました。
「わかってる。それがぼくの役目だ。行こう。今度の今度こそ、必ず闇に勝って世界とみんなを守るんだ」
おう! と仲間たちは声を揃えて応えました。闇に打ち勝って世界と人々を守る。それは非常に大きな目標でしたが、彼らはみんな本気でした。
扉を開けて、彼らは朝日が差し込む通路へ出て行きました──。
The End
<次巻シリーズ完結>
(2021年3月19日初稿)