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外伝26「レオン」

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1.天空王

 世界中の空を地上から気づかれないまま飛び続けている天空の国。

 その国で一番高いクレラ山に建つ天空城に、レオンとビーラーはいました。天空王から呼び出しを受けたのです。

 案内役は翼の生えた白猫でしたが、人気のないホールに彼らを案内すると、その場に残して立ち去ってしまいました。

 彼らは闇大陸や地上での戦いを終えて、天空の国に戻ってきたばかりでした。封印された大陸に無断で行ったうえに、固く禁じられている地上の戦闘にまで加わってきたので、どんな厳しい罰を受けるだろう、とひどく不安になっていました。フルートたちと一緒のときには無我夢中で、気にしている余裕などなかったのですが、天空の国に戻る間に冷静になったのです。

 レオンは頭の中であれこれ言い訳を考えてみましたが、天空王相手にはとても通用しそうにありませんでした。ビーラーも怯えたように尻尾をたらしています。

 

 やがて黒い星空の衣と金の冠を身につけた天空王が彼らの前に現れました。レオンはひざまずいて頭を下げ、ビーラーは尻尾を後脚の間に隠して後ずさります。

 すると、天空王が言いました。

「顔を上げなさい、レオン。ビーラーもそんなに恐れなくてよい」

 少年と犬は一緒に天空王を見上げましたが、王の後ろに眼鏡をかけた中年の男性がいるのを見て、あっと思いました。天空城の学校の教師で、レオンの見張り役のマロ先生です。レオンとビーラーはばつが悪くなって、またうつむきました。先生からもきつく叱られることを覚悟します。

 ところが、マロ先生は怒る代わりに大きなため息をつきました。レオンたちではなく天空王へ、確かめるように言います。

「彼らは闇大陸のパルバンに行ってきたというのですか。金の石の勇者たちと一緒に。よく無事で戻ってきたものです」

 その声に安堵の響きがあったので、レオンたちは驚いてまた顔を上げました。マロ先生がまるで我が子でも見るような目で彼らを見ていたので、とまどってしまいます。

 先生のほうはレオンたちと目が合うと、ごまかすように空咳などしながら眼鏡の位置を直し、急に冷静な口調になって言いました。

「いくら天空の国の貴族であっても、許可なく地上へ降りることは許されていません。しかも、二千年前の取り決めによる封印を破って闇大陸へ行ったり、地上での戦闘に手を貸したり。レオンのしたことは甚大な規則違反です。ですが、彼に違反をさせてしまったのは、目付役である私の責任でもあります。レオンに与えられる罰は、レオンだけでなく私にもお下しください」

 どんなに冷ややかな調子で言っていても、マロ先生はやっぱりレオンを心配していました。今も教え子の罰の一部を引き受けようとしています。レオンは思わず胸が熱くなりました。

 彼らは天空上に来る前に、家に立ち寄って両親に顔を見せていました。闇大陸では時間の進み方が違っていたので、思いがけず三ヶ月間も行方不明になっていたのですが、父親も母親もレオンを叱りもしなければ「どこに行っていた?」と聞くこともありませんでした。彼が次期天空王の候補だと知ったときから、もう彼のすることにはいっさい口出ししなくなったのです。

 信頼されているのかもしれませんが、レオンとしてはなんとなく淋しさを感じていました。闇大陸や地上で非常に危険な目に遭ってきたのですから、なおさらです。マロ先生が規則違反のなんのと言いながら心配をしてくれていることが、なんだかしみじみ嬉しく思えてしまいます……。

 

 天空王がマロ先生に答えようとしたので、レオンはそれより早く言いました。

「恐れながら、天空王様、ぼくとビーラーは規則違反は犯していません。ぼくたちを罰するのは誤りだと思います」

 天空王はレオンへ目を戻しました。

「何故そう思う、レオン?」

 レオンをとがめているようにも聞こえる声でしたが、レオンはかまわず言い続けました。

「ぼくたちは無断で地上へ行ったわけじゃないからです。ぼくたちはフルートたちから呼ばれて地上へ行きました。フルートは金の石の勇者です。ぼくたちは彼に協力を求められたらそれに応える、と誓っています」

「フルートたちから協力を求めて呼ばれた。本当にそうか?」

 と天空王が聞き返してきたので、ビーラーははらはらしました。レオンとビーラーは鏡を通じて天空の国から地上へ降りましたが、そのときレオンは、フルートたちが自分を呼ばないことにしびれを切らして、わざと鏡に自分の姿を映して彼らに呼ばせたのです。天空王もその事実は知っているようでした。見透かすようなまなざしをしています。

 けれども、レオンは堂々としらを切りました。

「ぼくは彼らに呼ばれるまで彼らとはことばを交わしませんでした。彼らに魔法をかけたりもしていません。ぼくを呼んだのは彼らのほうです」

 レオン、とマロ先生がたしなめるように言いましたが、レオンはやめませんでした。天空王を見上げながら、さらに熱心に話し続けます。

「封印を越えて闇大陸へ渡ったことも、決して違反ではありません。これについては海の王たちも話していました。彼らは結界に近づく者を追い払う役目を担っていますが、一度封印を越えて向こうへ行ってしまったら、あとはもう誰にも責任は追及できないんです。闇大陸は非常に危険な場所だから、むやみに近づくことはできませんが、決して来る者を拒む場所ではないんです」

 すると、天空王は微笑しました。穏やかな声で言います。

「自分のせいでマロが罰せられては大変だと考えているのだな、レオン。安心しなさい。おまえが言っていることは正しい。闇大陸は二千年の間、世界から隠され続けてきたが、その場所を見つけてしまった者には訪れることが可能になるのだ。ただ、引き替えに自分の『時間』を奪われてしまう。闇大陸の一日はこちらの一ヵ月に当たる。あの場所に二年も留まれば、この世界での寿命は尽きてしまうだろう。おまえたちも自分の時間を三カ月ほど奪われた。それ以上の罰は、私にもマロにも他の誰にも下すことはできないのだ」

 

 罰はない、と言われてレオンもビーラーもほっとしました。

 マロ先生が天空王に聞き返します。

「本当にそれでよろしいのですか、天空王? レオンは地上で戦いに加わっております。これは二千年前の第二次戦争以後、天空の民には固く禁じられていることです。これについては明文化された法律もあります」

 マロ先生は相変わらずレオンの罰を自分もかぶるつもりでいました。生真面目に罪を数え上げるのは、目付役としての自分の責任を天空王に尋ねているのです。

 レオンはあわててまた言いました。

「ぼくたちはその決まりも破ってはいません! ぼくたちが戦った相手がセイロスだからです! セイロスはご存知の通り二千年前からよみがえってきた闇の竜で、地上の人間ではありません! だから、ぼくたちは地上とは戦っていないんです!」

 天空王はまた微笑しました。レオンではなくマロ先生に言います。

「彼はあなたを守ろうとしている。良い生徒を持っているな、マロ」

「そ、それは――」

 マロ先生は片手を上げてまた眼鏡をかけ直しました。思わず浮かんだ表情を見えないようにして、照れ隠ししたのです。

 天空王は穏やかに話し続けました。

「レオン、マロ、ビーラー、よく聞きなさい。この天空の国には、我々魔法使いの力を制限するために、数え切れないほどの取り決めがある。二千年前、我々が地上に関わったために、世界が破滅するほどの大戦争を引き起こしてしまったからだ。だが、その取り決めが作られたときに、同時にもう一つの契約がなされた。それは、世界に再び闇の竜が現れたときには、光を信じるすべての者は、天空、地上、海といった枠を越えて、共に手を携えて戦う、というものだ。その協力がなければ、破壊と破滅の闇の竜に対抗することはできない。そして、協力の中心に存在するのが金の石の勇者だ。彼は正義と世界を愛する人々を惹きつけ、集めて力を一つにしていく――。光と闇の第三次戦争はすでに始まっている。フルートが協力を求めたのならば、我々天空の民もセイロスとの戦いに加わることができる。これは海の民も同じことだ。だから、海王や渦王も戦闘の準備を整えているのだ。闇の竜との最終決戦は刻一刻と近づいている。レオンたちの今回の戦いは、その前哨戦だったのだ」

 

 レオンたちは何も言えなくなりました。

 ――闇の竜との最終決戦は刻一刻と近づいている。今回の戦いは、その前哨戦だったのだ。

 天空王のことばが、ずしりと心にのしかかってきます。

 レオンはまた足元を見つめました。何かを考えて黙り込みます。彼が見つめる下には天空城の床が、その下にはクレラ山がありますが、さらにその下には空と地上の世界がありました。レオンの顔が決心の表情を浮かべます。

 その様子を天空王が見つめていましたが、王も何も言いませんでした。こちらは祈るように視線を上に向けます。

 天空城のホールには、高い窓から差し込む日の光が金色に揺れていました――。

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