「持って行くのはナイフと山刀と縄と食料と水筒と鍋と防水布と砥石(といし)と……おっと、塩も忘れるわけにはいかないぞ。香草入りの塩がいいかな」
洞窟の地下にある家の中でゼンが荷造りする様子を、横からフルートが眺めていました。鎧兜を脱いで普段着姿になったフルートは、人間にしては小柄で細身で、顔もまるで女の子のようでした。ゼンが厳選した物を袋に詰めていく様子に、感心しながら言います。
「それだけですんじゃうんだ。身軽だね」
当然のようなことに感心されたので、ゼンは逆に驚きました。
「猟に出るときには余計な物は持ち歩かないってのが、俺たちドワーフ猟師の決まりだからな。でも、これでもいつもより荷物は多いんだぜ。じいちゃんたちから胸当てや新しい弓矢ももらったしな」
ゼンが洞窟のドワーフたちからもらった防具や武器は、部屋の岩壁の前にひとかたまりにして置いてありました。細かい細工が施された鋼の胸当てと丸い小さな盾、ショートソードと頑丈な弓。革でできた矢筒には木製の矢と鋼の矢が入っています。これから旅に出るゼンを守ってくれる道具たちです。
ゼンは立ち上がると、今度は岩をくりぬいて作った棚を引っかき回し始めました。
「あとは薬草が必要だよな。何を持って行くかな……」
「たいていの病気や怪我ならぼくが治せるよ。これがあるんだから」
とフルートが首にかかった金のペンダントを掲げてみせたので、ゼンは振り向いてうなずきました。
「それもそうか。じゃあ薬草は最低限でいいな。おまえ、自分の食器を持ってるか? ない? じゃあ、これを自分の荷物に入れとけよ」
ゼンが木の器とスプーンを投げてよこしたので、フルートはあわてて受け止めて、急に笑い出しました。
「なんだよ?」
とゼンが不思議に思ってまた振り向くと、ううん、とフルートが首を振り返します。
「なんだか楽しいなぁ、って思っちゃったんだよ。これから邪悪な黒い霧を追い払う旅に出るっていうのに、学校の遠足に行く時みたいに、わくわくしてるんだ……。本当はきっと、ものすごく危険な旅になるはずなのにね」
フルートがひどくすまなそうな声になったので、ゼンはあきれました。
「それがどうした? 俺もわくわくしてるぜ。だって面白そうじゃないか。大人たちにもどうにもできない黒い霧を、俺たちが追っ払おうっていうんだからな。何が起きるのか、今から楽しみでしょうがないぜ」
ゼンが笑うとフルートもつられたように笑い出しました。心配そうだった顔がやっと明るくなります。
すると、隣の部屋からゼンの父親が入ってきました。さっとゼンの荷物を眺めてから言います。
「水筒と携帯食料と縄は必ず腰の荷袋に入れておけ。ナイフはベルトだ。それだけあれば、荷物をなくしてもなんとかなる」
ぶっきらぼうな言い方ですが、しごくもっともな指摘だったので、ゼンはすぐに縄や水筒を腰の荷袋へ移し、ナイフも腰のベルトに差しました。
その間に父親は彼らの前に座りました。あぐらをかき、少年たちを見比べてまた言います。
「おまえたちは明日、北の峰を出発する。だから、おまえたちにドワーフの古いことわざをひとつ教えてやる。『すべての答えは自分の中にある』というものだ」
ゼンとフルートは目を丸くしました。とても哲学的な感じのことわざで、意味がよくわかりません。
「答えって、なんの答えだよ、親父?」
とゼンが聞き返すと、父親は話し続けました。
「おまえたちがこれから出会う、なんでもかんでもの答えだ。特に、ゼンはこれから初めて北の峰の外に出ていく。人間にも数多く出会うだろうし、エルフやノームのような他の種族にも会うだろう。気にくわない連中にも、嬉しくない状況にも、数え切れないくらい出会うはずだ。そういうときには、相手をどうにかしようとしないで、まず自分をなんとかしろ、ということだ」
ゼンは納得がいかなくて口を尖らせました。
「どうしてだよ? 悪いヤツに会ったら、やっつけてなんとかするのが本当じゃないか!」
「それが本当に悪い奴だったらな……。だが、世界ってのはそれほど単純じゃない。たとえば人間にだって、おまえには気にくわない相手でも、フルートにはそうじゃない奴がきっといるだろう。だとしたら、それはそいつの問題じゃなくて、おまえ自身の問題だ。おまえの中の何かが、そいつを許せないんだろうからな」
ゼンはまた目を丸くしました。少し考えてから首をひねります。
「よくわからないぜ。つまり、どういうことなんだよ?」
「相変わらず、こういう話は苦手だな、ゼン」
と父親は苦笑すると、話をぐっと具体的にしました。
「山に猟に入ったときのことを考えてみろ。獲物を探してさんざん歩き回って、ようやく鹿を見つけた。慎重に近づいていって弓矢を構えたのに、ちょうどそのとき風向きが変わったものだから、鹿に気づかれて逃げられてしまった。そんなとき、おまえはどう思う? この野郎、よくも風向きが変わったな、と風を恨むか?」
ゼンは目をぱちくりさせました。
「そんなもん恨んだって、しょうがないだろう。相手は風なんだからよ。鹿に逃げられたのは、風が変わることを読み切れなかった自分のせいだ」
「そうだ。鹿に逃げられて悔しかったら、次は風を読んで鹿に近づけばいい。要するに自分自身の問題だってことだ。だがな、相手が人になると、こういう割り切りは難しくなる。自分がうまくいかないのは、あいつがああしたせいだ、こう言ったからだ、あれをしてくれなかったからだ……そんなふうに、他の奴のせいにしたくなるんだ。ひょっとすると、友達のはずのフルートにまで、そんなふうに不満を持つようになるかもしれん。そんなときには、ことわざを思い出せ。すべての答えは自分のほうにあるんだからな。それを忘れずにいれば、おまえたちは最後まで本物の友達でいられるだろう」
ゼンはまた口を尖らせてしまいました。父親の話は半分くらい理解できたのですが、最後の一言が気にくわなかったのです。
「なんだよ、それ? 俺とフルートがそのうち仲違いするみたいなこと言うなよ! 俺たちはいつまでもずっと本物の友達だぞ!」
とむきになって言うと、フルートの肩をぐいと抱き寄せます。フルートは女の子のような顔で困ったように笑いました――。