ここは中央大陸の中西部に位置するロムド国の首都ディーラ。石の外壁に囲まれた都にはたくさんの家がひしめき、その中央に高い城壁と四つの塔に守られたロムド城がそびえています。
今、雪におおわれた城の中庭には大勢の人が集まっていました。大半は揃いの鎧兜の衛兵ですが、彼らに守られて、存在感のある三人の老人が立っていました。中でもひときわ堂々としているのは、白テンのマントをはおり、銀髪の頭に金の冠をかぶった、国王のロムド十四世です。来年には七十歳の誕生日を迎えるのですが、顔も姿も年齢よりずっと若く見えます。
「彼らは間もなく到着するのだな?」
と王に尋ねられて、横に控えていた老人が、うやうやしく頭を下げました。
「間もなくでございます、陛下。深緑殿がそう申しております」
それはロムド城の宰相のリーンズでした。五十年近く王の片腕を務めてきた忠臣です。
すると、宰相の隣で、三人目の老人が口を開きました。こちらは王や宰相よりもっと高齢で、痩せた体に深緑色の長衣を着込み、自分の背丈より長い杖を握っています。
「先ほど、白から連絡がありましたのじゃ。ザカラス国の南西部で灰の雲を撃退する任務に成功したので、魔法軍団を率いて撤収すると申しておりました。別空間を抜けて、もうすぐここに到着しますわい――」
ロムド城を守る四大魔法使いの一人の、深緑の魔法使いでした。
そして、その話が終わりきらないうちに、本当に中庭に一群の人々が姿を現しました。全員が深緑の魔法使いと同じような長衣を着込み、手に杖を握っています。ただ、その衣の色は一人ずつ違っていました。先頭の白い長衣の女性が、国王に向かって言います。
「ただいま到着いたしました、陛下。城を守るべき任務にありながら、長らく城を留守にしていて、まことに申し訳ありませんでした」
と深々と頭を下げます。その胸元では光の女神の象徴が揺れていました。ユリスナイに仕える女神官の、白の魔法使いです。従っていた部下の魔法軍団が、彼女と一緒にいっせいにお辞儀をします。
ロムド王は鷹揚(おうよう)にうなずき返すと、魔法使いたちに向かって言いました。
「大変な任務をご苦労であった。そなたたちがザカラス軍やザカラス魔法使いたちと協力して、押し寄せてくる火山灰の雲を打ち消したことは、すでに報告を受けている。火山灰はザカラスだけでなく、我が国にも非常に深刻な災害を引き起こすところだったのだ。よくぞ任務を遂行してくれた。さすがは魔法軍団だ」
ところが、魔法使いたちの大半は、主君から誉められても、すぐには嬉しそうな表情になりませんでした。何故か困ったように仲間と目を見交わし、顔を伏せてしまいます。
白の魔法使いは片手を胸に当てて男性のお辞儀をしながら、また言いました。
「陛下から直々にお誉めのことばをいただくことは、我々魔法軍団にとって、この上なく名誉なことです。ですが、今回の任務をなし遂げることができたのは、我々の力によるものではありませんでした。かの場所では思いがけないことが次々に起きました。そこに駆けつけ、私たちを助けて悪しき灰を消滅させてくださったのは――」
「金の石の勇者の一行であろう。その報告も受けていた」
とロムド王は言い、いっそうばつの悪そうな顔になった魔法使いたちへ話し続けました。
「自分たちの力だけで任務を達成できなかったからと言って、恥じる必要はない。金の石の勇者たちは、いつも正しいことを全力で行おうとする者を助けてくれる。そなたたちが全力で灰の雲に立ち向かったからこそ、彼らも力を貸してくれたのだ。また、勇者たちが到着する以前、そなたたちはザカラスの兵士や魔法使いたちと一丸となって、雲や敵と非常に勇敢に戦った。ザカラスは我が国の大切な盟友だ。彼らの信頼を得ることができたことは、何にも替えることができないほど貴重な成果だ。本当に良くやってくれた。今回の作戦に参加した全員には、追ってわしからの褒美(ほうび)を与えよう」
王から重ねて誉められねぎらわれて、魔法使いたちの顔にようやく本物の笑みが浮かびました。仲間同士でうなずき合い、白の魔法使いから解散を命じられると、満足そうな表情で中庭から姿を消していきました。後には白、青、赤の長衣の魔法使いと、ぼろぼろのマントにつば広帽の男が残ります――。
ロムド王は今度は帽子の男に話しかけました。
「そなたも大儀だったな、ゴーラントス卿。無事でなによりだった」
男は進み出て王の前にひざまずくと、帽子を脱いで胸に当てました。顔は黒い無精ひげにおおわれていますが、丁寧な口調で答えます。
「陛下のご命令で、西部の視察先からザカラスへ向かい、最後の最後で戦いに加わることができました。終結後は急ぎ城へ戻ったほうが良いだろうと考え、魔法軍団と共に魔法の道を通って帰ってまいりました」
ロムド王はまたうなずきました。同じように王へひざまずく白、青、赤の魔法使いを見回してから、もう一度言います。
「皆、本当によく無事で帰ってきてくれた。この戦いが、あり得ないほど厳しいものだったことは、我々も承知している。誰一人欠けることなく全員が城に戻ってきてくれたことを、神に感謝しよう。本当によかった」
それは王の本心からのことばでした。魔法使いたちもゴーラントス卿――ゴーリスも、感激して、いっそう深く頭を下げます。
すると、リーンズ宰相が尋ねてきました。
「それで――勇者殿たちはどうされたのでしょう? てっきり皆様方とご一緒に戻られるものと思っておりましたが。また彼らだけで世界へ旅立っていかれたのですか?」
深緑の魔法使いも仲間たちへ尋ねました。
「先の連絡では、勇者殿たちも一緒に城に戻ると言っておらんかったか? 何かまた事件が起きて、勇者殿たちはそっちへ向かったわけか?」
魔法使いたちは立ち上がりました。いやいや、と大男の青の魔法使いが首を振ります。
「勇者殿たちもここにおいでになりますよ。空を飛んで来られるんです」
「空を? 何故じゃ。おまえさんたちと一緒に帰ってきたほうが、早くて楽じゃろうに」
「勇者殿は以前、私や青と一緒に別空間を通り抜けようとして、デビルドラゴンに迷わされたことがある。今回また同じようなことが起きては大変だというので、勇者殿たちは風の犬で空を飛んで戻ってくることになったのだ」
と女神官が答えたので、老人やロムド王たちは納得します。
そこへ、空の彼方から、ワンワン、と犬のほえる声が聞こえてきました。同時に、ひゃっほう! という歓声も響きます。
立ち上がってそちらを見たゴーリスが、苦笑しながら王たちへ言いました。
「話しているところへ到着です。相変わらず騒々しい連中で申し訳ありません」
犬の声と歓声が空の向こうから近づいてきて、白い風の獣に乗った一行に変わりました。あっという間に城の上空までやってきて、つむじ風と共に中庭に舞い下ります。
風の犬の背中から真っ先に飛び下りたのはゼンでした。両腕を広げると、深呼吸するように息を吸い込んでから、大声を上げます。
「とうとう着いたぞ! ロムド城だ!」
すると、雌犬の姿に戻ったルルが不服そうに言いました。
「あら、何よ、それ。着いて当たり前じゃない。私たち、絶対に迷ったりしないわよ」
「ワン、風の犬の飛行速度は風と同じですからね。別空間を通った魔法軍団から、それほど遅れてもいないはずですよ」
と小犬に戻ったポチも言います。
ゼンは犬たちに反論されて口を尖らせました。
「そういう意味じゃねえよ。一昨年の年末に、俺たちはこの城から世界に旅立っただろうが。あれから世界中を旅して回ってよ、海の底や天空の国まで行って、で、またこうしてロムド城に戻ってきたんだぞ。すごいことだと思わねえか!?」
それを聞いて、メールがうなずきました。
「ホントだよね。あの時、あたいたちは世界に何があるのかも知らずに旅立ったんだ。デビルドラゴンを倒す手がかりをつかみたい一心でさ」
「本当は、そのまま、もう二度とロムド城には戻ってこないつもりだったんだけどね」
とフルートはちょっと苦笑しました。
その手をポポロが握りしめます。
「大丈夫よ。ここには危険な闇の気配は感じられないし、フルートを狙って闇の怪物が襲ってくることも、最近はなくなっていたんですもの。闇の怪物は願い石のことを忘れてしまったのよ」
「それならいいけれど……」
とフルートは言いましたが、まだ表情は晴れませんでした。フルートの中にはどんな願いでも一つだけかなえる魔石が眠っていて、闇の怪物たちから狙われています。その争いに都の人たちを巻き込まないために、フルートは、もう二度とディーラへは戻ってこない、と強く決心して旅立ったのです。セイロスが復活したので大急ぎでロムド城へ戻ってきましたが、いざ城へ来てみれば、やっぱり付近からまた闇の怪物が襲ってきそうな気がして、不安になってきたのでした。
すると、彼らを見つめていたロムド王と目が合いました。
フルートは我に返ると、あわてて飛んでいって、王の前にひざまずきました。兜を脱ぎ、膝に手を置いて頭を下げます。
「陛下、すみません。一刻も早くお知らせしたいことがあって、ロムド城に戻ってきてしまいました。用件がすめば、またすぐにここを離れますので、しばらくの間、ぼくたちがここに留まることをお許し下さい」
そんなフルートの後ろに仲間たちも駆けつけてきました。フルートの口上を聞いて、困ったように顔を見合わせてしまいます。
なんと! と青の魔法使いが声を上げました。
「勇者殿たちの帰還を歓迎しない者など、この城にはおりませんぞ! そんな心配はまったくご無用――!」
「青、勇者殿は陛下とお話ししているのだ。失礼だぞ」
と白の魔法使いがたしなめ、仲間の魔法使いと大きく退きました。リーンズ宰相やゴーリスも一歩下がったので、雪が積もった中庭の中央で、ロムド王とフルートたちが向き合う形になります。
ロムド王は勇者の一行をゆっくり見回していました。聡明なまなざしで一人ずつを眺めてから、おもむろに口を開きます。
「勇者たちは皆、成長したな。もう大人から庇護(ひご)される子どもではない。大人の仲間入りをする時期だ」
フルートたちはびっくりして顔を上げ、なんとなく赤くなりました。確かに以前より体も心も大きくなり、自分たちでも大人になってきたと感じていましたが、こんなふうにはっきり言われると、誇らしさと恥ずかしさが入りまじったような、複雑な気分になってしまいます。
フルートは赤い顔のまま言いました。
「ぼくたちはまだまだ未熟者です。ザカラスで重大な出来事を知りましたが、どうすればそれに対応できるのか、自分たちではわかりません。だから、こうしてまたロムド城に戻ってきました。ぼくたちは、ぼくたちだけで問題を解決することができないんです……」
けれども、そんなふうに話すフルートの声は、もうすっかり大人の男の声になっていました。優しい顔立ちは相変わらずですが、それでも顎や首、背中や肩がたくましさを増しています。
ロムド王は穏やかに笑いました。
「たとえ大人になっても、人が一人でなし遂げられることには限界がある。むしろ、自分だけでは何もできないと知ることが、大人になることの真の意味なのかもしれないのだ。我々は、そなたたちが生まれるずっと前から、世界に仲間を見つけては相談し、協力しながら困難に立ち向かってきた。そなたたちも、今日からそこに仲間入りをするのだ。よく帰ってきた、勇者たち。ロムドの国と城は、勇者たちの帰還を心から歓迎するぞ」
勇者の一行は何も言えなくなってしまいました。ロムド王のことばが、強く温かく胸にしみたのです。フルートが、そっと目をしばたたかせます。
すると、リーンズ宰相が言いました。
「積もる話は山ほどございます。また、ザカラスでの活躍のご報告も、ぜひ聞かせていただかなくてはなりません。会議室に軽い食事を準備しておきましたので、皆様方、どうぞそちらへご移動下さい」
長年王に仕えてきた宰相だけに、タイミングも内容も申し分なしでした。やった、飯だ! とゼンが歓声を上げます。
「では、まいろう」
とロムド王は白テンのマントをひるがえして歩き出し、他の者たちもその後に従って、城の建物へと入っていきました。