空へ脱出した彼らの下で、二つに割れた海は音を立てて合わさりました。海面が波におおわれて揺れ、大きな渦巻きがそこここに生まれます。
それを見下ろしながら、フルートがつぶやきました。
「闇大陸がまた沈んでしまった……」
呪われた海域の遺跡が彼らの前に姿を現したのは、ほんの一瞬のことでした。彼らが竜の宝を見つける間もなく、海が押し寄せ、破壊してしまいました。海が落ち着いたら、もう一度潜るつもりでしたが、果たしてどのくらい遺跡が無事なのかわかりません。ごめんなさい、ごめんなさい、とポポロがフルートの後ろで謝り続けています。
ゼンとメールと海王の三つ子たちは、もっと深刻な顔をしていました。荒れ狂う海を見ながら話し合います。
「ちょっと。まずいわよ、この荒れ方」
「どんどん広がっているぞ。どこまで行くんだ?」
「こんちくしょう、誰かが巻き込まれたら、やばいぞ」
時間は短くても、海自体が大きく割れたので、海上も海中も信じられないほど荒れ狂い、それが周囲へ広がっていたのです。彼らにそれを収めることはできませんでした。ごめんなさい、とポポロがまた泣き声を上げます。
すると、荒れた海の上に、突然三人の人物が姿を現しました。大波の間にまるで平地に立つように直立して、周囲を見回します。青い髪に青い長衣とマントを着た男性たちで、二人は金の冠を、一人は飾り気のない金の輪を頭にはめています。
「父上、兄上!」
と三つ子たちは驚きました。父上! とメールも言います。海上に姿を現したのは、東の大海を治める海王と一番上の王子のアルバ、そして、西の大海を治める渦王だったのです。
海の王たちは厳しい目で荒れ狂う海を見ていましたが、三つ子やメールの声に空を見ると、いきなりどなりつけてきました。
「誰のしわざかと思えば、そなたたちか、クリス、ザフ、ペルラ!!」
「おまえも一緒だったのか、メール!! いったい何をしていた!?」
「海の王でもない君たちが、どうやってこんな嵐を起こしたんだ!?」
海の王子や王女たちは思わず首をすくめました。海の王たちがどなったとたん、海がまた荒れ、強風がどっと吹きつけてきたのです。全員がポチとルルにしがみつきます。
風に飛ばされそうになりながら、フルートは言いました。
「すみません、海王、渦王! ぼくたちは海底に闇大陸を調べに行って、食魔に襲われたんです! それを退治しようと思って、海を――!」
「食魔に?」
と海王とアルバは言いました。
「闇大陸だと?」
と渦王も意外そうに言います。
王たちから怒りの表情が消えると、荒れていた海がたちまち収まっていきました。アルバが海面から姿を消していきます。
「父上!!」
三つ子たちとメールは海王と渦王のところへ飛んでいくと、これまでの出来事を口々に話しました。
話し終わる頃に、アルバも海面に戻ってきて、海の王たちへ報告します。
「父上、叔父上、確かに呪われた海域から食魔が消滅しています。しかも、一帯の闇の泥も払拭(ふっしょく)されたので、海域は呪いから開放されていました」
なんと……と海王と渦王は絶句しました。双子の海の王は、とてもよく似た姿と顔をしています。ただ、海王には青い口ひげとあごひげがありますが、渦王にはあごひげだけしかありません。
アルバがあきれたようにフルートたちを見ました。
「君たちは本当にとんでもないな。ここは、かれこれ三千年間も呪われていた、東の大海で最も恐ろしい海域だったのに、君たちはそこを浄化してしまったんだぞ」
一同は顔を見合わせました。もちろん、彼らはそんなことをするために海底に潜ったわけではありませんでした。呪いの海域を浄化してしまったのは、単なる成りゆきです。
ただ、フルートはアルバの話の中に、気になることばを聞きとっていました。眉をひそめ、確かめるように言います。
「この海域は三千年も呪われていたんですか? そんなに長く――?」
「ワン、それじゃ二度目の光と闇の戦いが起きるより、ずっと前からになる!」
とポチも気がついて驚きます。闇大陸が光と闇の第二次戦争で沈んだのだとすれば、それは二千年前のことのはずなのです。勇者の一行は、わけがわからなくなって、とまどいました。
すると、海王は三つ子たちにまず海へ下りるように言い、彼らがシードッグの背中へ移動すると、まだ空にいるフルートたちに向かって話し出しました。
「このトムラムストは、確かにかつては巨大な大陸だった。だが、ここはそなたたちが探していた闇大陸ではない。ここが陸であったのは、今から三千年以上昔のことで、当時はドゥーダ大陸と呼ばれていた。この大陸に都市を築いたのは、その時代に繁栄を極めた古エルフたちだ。彼らは三千年前に、巨大な魔法戦争を引き起こし、その結果、ドゥーダ大陸は海に沈んでしまったのだ」
勇者の一行はまたことばを失いました。
やがて、考えながら、フルートが言います。
「ということは……ここは三千年前の光と闇の戦いで、海に沈んだ場所だったんですね……? 最初の光と闇の戦いの戦場だったところだったんだ……」
それにうなずいたのは渦王でした。
「そうだ。それは非常に恐ろしい戦いだったという。陰で闇の竜が人心を操っていたために、戦火はあっという間に全世界に拡大して、いたるところで激しい戦闘が起きたらしい。同じエルフ同士が、憎み合って魔法をぶつけ合ったのだな。彼らの魔法は非常に強力だったから、ついには、自分たちの住む陸地を引き裂き、巨大な大陸を海の底へと沈めてしまった。ただ、大陸には高い山脈があったから、その頂上だけが海上に残った。それがトムラムストだ」
勇者たちはまた何も言えなくなりました。彼らが思い出したのは、海底で見た遺跡や、そこで見つけた遺品の数々でした。きっと、とても大勢の人々が暮らしていたのでしょう。古エルフとは言っても、今の人間たちと同じように、家族を慈しみ、農業や商売を日々の生業(なりわい)にして、その日その日を大切に生きていたのです。戦いがやってきて、大地が海の底へ沈んでしまうまで――。
フルートはうつむくと、海の王たちに向かって言いました。
「ぼくたちは闇の大陸を探していました。そこに二千年前の戦場で、デビルドラゴンを倒す手がかりがあるんじゃないかと思ったからです……。だけど、ここは闇大陸じゃなかった。闇大陸はどこにあるんでしょうか?」
「伝説の古戦場か。それは今もどこにあるのかわかってはおらん」
と渦王は重々しく答えました。
「古い文献には、わしが治める西の大海にあったと記されているが、実際にはそのような場所は痕跡もない。闇の竜はそこで捕らえられたと伝えられているから、かの竜と大陸は共に世界の最果てに封印されたのかもしれんな」
それを聞いて、フルートたちは本当にがっかりしました。今の今まで、闇大陸に竜の宝があるに違いないと思って探してきたのに、その大陸はこの世界にはない、と言われてしまったのです。ここまで積み上げてきたものが全部崩れ落ちるような、虚無感と虚脱感に襲われてしまいます。
すると、海王が言いました。
「この場所は、そなたたちが探していたところではなかったかもしれぬ。だが、そなたたちは非常に重要なものを見たのだ。この世界が闇の竜にあおられて光と闇に分かれ、敵対して戦ったときに、どのような結末を迎えるか、という警告だ――。人の怒りや恨みが寄り集まったとき、それはすさまじい破壊のエネルギーを生む。そして、大地を引き裂き、人々を海の底へ引きずり込むのだ。この世に三度目の光と闇の戦いを起こしてはならぬ。それがそなたたち金の石の勇者の、そして、我々自然の王たちの務めだ」
海王の声は深く厳かに聞こえました。まるで海の底から響いて聞こえてくるようです。フルートたちはうなずきました。三千年前の大陸と遺跡が眠る海を、黙って見下ろしてしまいます。
「ああ、くそっ。結局やっぱり竜の宝は見つからなかったか!」
ポチとルルに乗って天空の国へ戻りながら、ゼンがぼやきました。
「今度こそ絶対間違いないと思ったのにねぇ」
とメールもがっかりしながら言いました。ポポロはまた涙ぐんで目をこすっています。
「ワン、しかたないですよ。やっぱり天空王がぼくたちに真実を知らせてくれるのを待つしかないんだ」
とポチが言うと、ルルも賛同しました。
「そうね、天空王様は手がかりをくれる、って約束してくださったんですもの。今度こそ絶対に、間違いないわよ」
それを聞いて、フルートもようやく気持ちが前向きになってきました。
「そうだな。天空王は、ぼくたちのために閉じられていた真実の窓を開けてくれる、と言ったんだ。きっと、今度こそ手がかりが見つかる。そして――もう二度と、戦いで世界が沈んだりすることがないように、デビルドラゴンを倒すんだ」
その青い瞳が、また天空の国のある空を見上げ始めます。
一方、海上では、アルバが三つ子の弟妹を連れて城へ戻っていった後も、海王と渦王の二人がまだ話を続けていました。
「勇者たちは闇大陸を探していたか。トムラムストを闇大陸と勘違いしてくれて、助かったな。彼らの探索も、リカルドの力には及ばなかったということだ」
と海王は言いました。リカルドとは渦王の本名です。
渦王は答えました。
「ですが、兄上、彼らがあの大陸を見つけてしまうのは時間の問題かもしれません。闇の竜がこの世に再来するとき、闇大陸も再び世に明らかになる、と予言は言っているのですから」
双子の兄に対する渦王の口調は、普段よりも丁寧です。
「わかっている。我々は闇の竜の復活を力を尽くして阻止してきたし、金の石の勇者たちも魔王を撃退してきたが、それでもこの世は奴の復活に向かって確実に動いている。どれほど我々が防ごうとしても、やはり、三度目の光と闇の戦いは来てしまうのかもしれん」
「金の石の勇者は、闇の竜に対抗して、この世界に姿を現すものです。フルートが金の石の勇者として現れたときから、闇の竜の復活は約束されていたのでしょう」
と渦王が重く言います。
「それでも、だ。それでも、彼らは闇の竜を倒す力を持つ勇者たちなのだ。彼らにできなければ、それは誰にも実現できぬ。彼らは希望だ」
そう言って、海王は空を見上げました。
風の犬に乗っていった勇者の一行は、青空と雲の間に飛び去って、見えなくなっていました――。
The End
(2012年11月11日初稿/2020年4月10日最終修正)