二月。
ロムド国の王都ディーラは、前日まで降り続いた雪がやんで、白く冷たい毛布にすっぽりと包み込まれていました。
都の中央にそびえるロムド城も同様で、いたるところが、すっかり雪で埋め尽くされています。そのままでは通行にも哨戒(しょうかい)にも支障があるので、城の下男や衛兵たちが雪かきに当たりますが、積もった雪が堅く凍りついているので、はかどらなくて難儀していました。今年の冬はいつになく冷え込みが厳しいので、彼らは毎日こんな目に遭っています。
空は一面どんよりとした雲におおわれていました。いつまた雪が降り出してもおかしくなさそうな空模様です。
ところが、そんな城の中庭を、元気に走り抜けていく二匹の生き物がいました。どこからどこまでそっくりな、小さな赤毛の猿です。雪の彫像のようになった植木の間で立ち止まり、後脚立ちで周囲を見回しては、また四本足になって走っていきます。
そうしながら、二匹は人のことばで話し合っていました。
「本当だゾ。食べてみたらすごく柔らかくて甘かったんだゾ。オレ、あんなにおいしい木の実を食べたのは初めてだったんだゾ」
「本当かヨ、ゾ? それって、どこにあったんだヨ?」
「中庭の外れの温室だゾ。あそこには見たことのない木がいっぱい生えているゾ。その中の一本が実をつけていたんだゾ」
「勝手に食べて怒られないかヨ? アリアンかキースに聞いてからのほうが良くないかヨ?」
「そんなことして、ダメだって言われたらどうするんだゾ? オレたち、あのおいしい実を食べられなくなるゾ。ヨなんか、全然食べられないで終わるんだゾ。それでもいいのか?」
「イヤだヨ! イヤだヨ! オレもそのおいしい実を食べてみたいヨ!」
「じゃあ、誰にも言わずに食べに行くゾ。ほら、あの温室だゾ」
なにやら良くない計画を話しながら走っているのは、ゾとヨでした。見た目は小さな猿ですが、その正体は闇の国から来たゴブリンの双子です。中庭で雪かきをする人間たちに見つからないようにしながら、凍った雪の上を飛ぶように進んでいきます――。
温室の入口を開けて中に入り込むと、むっとするよう熱気が二匹を包みました。外は一面の雪景色ですが、温室には濃い緑の植物が生い茂り、花が咲き乱れていて、まるでここだけ夏が来ているようです。
温室に人間はいませんでしたが、ゴブリンの双子は猿の姿のままでいました。ゾがヨを背の高い木の下へ引っぱっていきます。
「ほらほら、これだゾ! この木なんだゾ!」
指さした木の上のほうには、細長い実が房状に垂れ下がっていました。黄色い実は周囲にいかにもおいしそうな甘い匂いをふりまいています。
ゾがするすると木に登っていったので、ヨもその後についていきました。二匹で木の枝に座って、一本ずつ黄色い実をもぎ取り、皮をむいて中身にかぶりつきます。
「あっ、甘い! これ、すごくうまいヨ!」
「だろう? オレは嘘は言わないゾ。これはきっと王様や王妃様のおやつの果物なんだゾ。でも、たくさんあるから、少しくらい食べてもきっと大丈夫なんだゾ」
「オレ、もう三本目だヨ。でも、もっと食べられるヨ」
「ずるいゾ、ヨ! オレの分まで食べてはダメだゾ!」
「だって、おいしいヨ、これ。こんなにおいしい果物は、人間の世界に来てから初めてだヨ」
「そうそう、そうなんだゾ。もちろん闇の国にも、こんなおいしいのはなかったゾ」
人がいないのを良いことに、二匹は賑やかにおしゃべりをしながら、木の実を食べていきました。たくさんなっていた実が、みるみる少なくなり、代わりに、木の下には捨てられた皮の山ができていきます。
ところが、ゾとヨは急にぴたりと食べるのをやめました。手には食べかけの果物を持ったまま、同時に温室の入口のほうを見ます。そこには一匹の虫がいました。カブトムシに似ていますが、もっと丸い体をしていて、背中に大きな目玉が一つついています。目玉がぎょろぎょろとあたりを見回し、まばたきを繰り返しているのを見て、ゾがヨにささやきました。
「あれは闇の虫だゾ」
「うん。闇虫だヨ。でも、今までお城では見たことがなかったヨね」
「どこから入り込んだんだゾ? お城はいつも魔法で守られているのに」
「わからないヨ。だけど、闇虫はいつも悪さばかりするから、お城にあいつがいるのは良くないヨ」
「退治した方が良さそうだゾ?」
「うん、いいと思うヨ。放っておくと、あいつはどんどん増えるヨ」
二匹がそんな話をしている間に、虫は温室の中に入り込んできました。派手な色の花々の間で身を震わせたと思うと、その体が二つに分かれ、前とそっくりな二匹の闇虫になります。その背中では生きた目がまばたきを繰り返しています。
ゾとヨは木から飛び下りると、虫に向かって走りました。分裂した後、すぐには動けずにいた虫へ飛びかかり、前脚で抑え込んでしまいます。
「捕まえたゾ!」
「もう逃がさないヨ!」
二匹が歓声を上げると、その手の下で虫が口をききました。
「地上ノ獣だナ。おまえラにはオレたちは食えナイぞ」
「そうダ。地上のモノに闇のモノは殺せナイからナ。すぐに生き返ってヤル」
いかにも闇のものらしい奇妙な声で言って、嘲笑うようにブブブと羽音を立てます。
ゾとヨは小さな手で闇虫をつかんで持ち上げました。虫の頭をがぶりと一口で食い切ってしまいます。
とたんに、虫は羽根を震わせるのをやめました。背中の目玉が一瞬大きく目をむき、すぐにまぶたを閉じて開かなくなってしまいます。
小猿たちは、ぺっと虫の頭を吐き出しました。
「相変わらず闇虫はまずいヨ」
「そうそう。これを食べる気にはならないゾ。あの実のほうがずっとおいしいから、あっちのほうが絶対いいゾ」
と虫の体も投げ捨ててしまいます。
すぐに生き返る、と言っていた闇虫は、いつまでたっても生き返ってきませんでした。闇の生き物は驚異的な治癒力を持っていますが、同じ闇のものにやられたときには、傷が癒えることはありません。闇のゴブリンのゾとヨに頭を食いちぎられたので、闇虫は本当に死んでしまったのでした。
「これ、どうするかヨ?」
とヨがゾに尋ねました。死んだ虫とおいしい実がまだなっている木を見比べています。
「キースに教えたほうがいいゾ。オレたち、城で何か変わったことがあったら、なんでも教えろ、って王様から言われているんだゾ」
「わかったヨ。それじゃ行こう」
二匹はすぐに温室から外へ飛び出しました。凍りついた雪の上を飛ぶように駆け出します。ただ、その片手には食べかけの実をまだ握りしめていました。用事がすんだら、またゆっくりと食べるつもりだったのです。
赤い小さな獣の姿が、白い庭を建物に向かって駆けていきました――。