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外伝18「脱出」

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5.港

 二日後、貴族の一家に変装したフルートたちは、ジズたちの協力で、南大陸行きの船に乗り込もうとしていました。

 大小たくさんの船が入港していたので、波止場(はとば)は大勢の人でごった返していました。船に荷物を運び込む人や馬車が行きかい、乗船をする人とそれを見送る人が桟橋の近くにたむろしています。安いよ、安いよ、と港に集まる人や船相手に商売をする物売りの声も響きます。

 フルートたちもジズとイリーヌの見送りを受けていました。相変わらず青いドレスで女装しているフルートへ、ジズが言います。

「船は一週間ほどでルボラスに到着するらしい。船室は個室を取っておいた。不自由だろうが、到着までできるだけ外には出ないようにしろよ」

「あなたたちはメイの貴族ということで申し込んであるわ。他の客とはあまり話さないようにね。何か勘づかれるかもしれないから」

 とイリーヌも声をひそめて忠告します。フルートは微笑を浮かべて答えました。

「大丈夫です。船が出たら、早々に船酔いになる予定ですから」

 また美声の薬を飲んだので、話し声は女性そのものになっています。

「いろいろありがとう、ジズ、イリーヌ」

 と白い髪の少年になっているポチが改めて感謝をすると、赤毛の少女に変身したルルも言いました。

「あなたたちと知り合えて嬉しかったわ。また会えるといいわね」

「南大陸での用がすんだら、またいらっしゃい。今回はうちの十八番(おはこ)料理の海鮮焼きをご馳走してあげられなかったから、次に来たときには必ず食べていってちょうだい」

 とイリーヌが言ったので、お下げ髪をほどいて垂らしたポポロはにっこり笑い、肌と髪を黒く染めた下女姿のメールも笑顔になりました。

「ホント、楽しかったよ。きっと、また会おうよね」

「ああ、またな」

 とジズが答えます。ほんの少し照れ笑いのような表情を見せているのは、遠い昔、エスタの国でフルートたちと出会ったときのことを思い出しているからかもしれません……。

 

 ところが、ゼンだけはそんな別れの場面に居合わせていませんでした。

 ゼンは肌を黒く染めて下男に変装しているので、自分たちの馬の世話を一手に引き受けていました。馬たちも一緒に南大陸へ連れていくのですが、人が乗るのとは別の桟橋から船に乗せるので、そちらに回っていたのです。

 コリン、黒星、ゴマザメ、クレラ。これまでずっと彼らと世界を旅してきた馬たちは、生まれて初めて乗る船にも怯える様子はありませんでしたが、赤の魔法使いの馬だけは少し興奮気味だったので、ゼンは背中や首筋をなでて話しかけました。

「よーしよし、大丈夫だ。心配するな。船が出てからも、ちょくちょく様子を見に来てやるからよ」

 馬たちはすっかり落ち着くと、ゼンから船員の手に引き渡されて、船倉の厩(うまや)に引かれていきました。他にも、馬や牛、豚といった動物が次々と船に積み込まれていきます。大半はルボラスの市で売られる家畜たちです。やがてそれも終わって、準備完了! と水夫たちが声を上げます――。

 

「どれ、俺もフルートたちと船に乗らねえとな」

 とゼンが人専用の桟橋へ向かおうとしたときです。ちくっと首の後ろに小さな痛みが走りました。思わず首へ手をやりますが、何かが刺さったわけではありませんでした。ただ、ちくちくとかすかな痛みが続きます。

 ゼンは顔をしかめました。これは警告でした。ゼンたちドワーフが持つ自然の直感が、危険や敵の接近を知らせているのです。

「なんだ……何が来るんだ……?」

 と周囲をそっと見回すと、一人の男がこちらへ向かってやってくるのに気がつきました。男は海軍の制服を着ていて、十代半ばくらいの子どもを見つけては、その顔をのぞき込んでいます。

「やっべぇ」

 とゼンはつぶやきました。それは金の石の勇者の一行を捜しているに違いありませんでした。八番通りの家々をしらみつぶしに探しても発見できなかったので、港から出て行くところを捕まえようと、ゼンやフルートの顔を覚えている兵士が探し回っているのです。

 ゼンは染料で肌を黒く染めていましたが、顔そのものを変えているわけではありませんでした。髪も元と同じ焦げ茶色です。顔をまじまじと確かめられたら、あの時の勇者の仲間だと見破られてしまうかもしれません。

 ゼンは急いで船に乗り込もうとしました。幸い、兵士はまだこちらに気づいてはいません。今なら怪しまれることもなく乗船できるし、船は港にたくさん並んでいるので、乗ってしまえば、後は見つかる心配はないでしょう。兵士を避けながら、フルートたちがいる桟橋へと急ぎます。

 

 その時、イヒヒン! と鋭く馬がいななき、大きな悲鳴が上がりました。港の人々が驚いて振り向きます。

 ゼンも思わずそちらを見て、あっと声を上げました。海のすぐ際(きわ)で、船から降ろした荷物を運んでいた馬車に、別の馬車がぶつかったのです。先の馬車には荷物が山積みになっていて、頂上に人夫(にんぷ)が乗っていました。衝撃で荷崩れが起きています。

 すると、人夫がまた大きな悲鳴を上げました。荷物は荷台に縄でくくりつけてあったのですが、その縄が足に絡まって抜け出せなくなってしまったのです。荷物は海に向かって崩れていました。人夫も巻き込まれて、海へ落ちそうになります。

「危ねえ!」

 とゼンは駆け出しました。何も考えずに馬車へ駆け寄り、半分車輪が浮き上がった荷車に飛びついて、力任せに引き下ろします。

 けれども、荷物は止まりませんでした。人夫もろとも海へ崩れていきます。こんちくしょう! とゼンはわめきました。この状態で海に落ちれば、人夫は荷物と一緒に海底に沈んでしまいます。ゼンは荷車をつかみ直し、ぐわっと持ち上げました。荷物をすくい上げるような動きに、海へ落ちそうになっていた人夫は引き戻され、その拍子に縄から足が外れて地面に落ちました。下に荷物があったので、怪我することはありません。

 波止場は騒然となりました。小柄な少年が、海に落ちそうになった荷車と人を引き戻したのです。とても普通のことではありませんでした。

 勇者の一行を捜していた海軍の兵士も、こちらに向かって駆けてきました。まだ荷車の近くにいたゼンを見つけると、持っていた呼び子を高く吹き鳴らしてどなります。

「いたぞ!! 金の石の勇者の仲間だ!!」

 とたんに、港のそこここで同じような呼び子が鳴り出しました。海軍の制服を着た兵士たちが、人を押しのけて集まってきます。ゼンは見つかってしまったのです。

 

 騒ぎを聞きつけて、フルートたちも顔色を変えました。一瞬遠い目になったポポロが叫びます。

「ゼンよ! 見つかったわ!」

 フルートはすぐに駆け出そうとしました。ゼンを助けに行こうとしたのです。すんでのところで、ジズがそれを捕まえて停めます。

「馬鹿、自分の恰好を考えろ! 貴婦人がそんなところへ走るか!」

「でも、ゼンが!!」

 とフルートは言いました。女性の悲鳴の声になっています。

 ポポロとポチとルル、それに貴族に化けた赤の魔法使いは、青ざめて立ちつくしました。犬たちは人間になっているので風の犬には変身できないし、ポポロは今日の魔法を使い切り、赤の魔法使いも別の姿になっているので魔法が使えません。ゼンを救いに行けないのです。

 メールは焦って周囲を見回していました。波止場は石畳とむき出しの地面が広がっているだけで、彼女に使える花や木の葉はありません。

「俺が行く! おまえらは船に乗っていろ!」

 とジズが駆け出し、懐(ふところ)へ手を伸ばしました。そこに護身用の短剣が隠してあったのです。鞘を払って、騒ぎの起きている場所へ走ります。その中心にはゼンがいました。海軍の兵士が呼び子を鳴らし、金の石の勇者だ! 捕まえろ! とどなっています――。

 

 すると、別の場所でまたいきなり悲鳴が上がりました。今度は、きゃーっという女性の声です。続いて、グワグワ、ガアガアという騒々しい鳴き声が響き渡り、宙に白いものが舞いました。それは何十羽というガチョウでした。前掛けをつけた太った女が、籠を振り回して金切り声を上げています。

「逃げちまった!! あたしのガチョウが逃げちまったよ!! 誰か捕まえておくれ!!」

 ガチョウは人々の中に飛び込み、たちまち大騒ぎになりました。逃げる鳥を捕まえようと、何十人もの人が駆け回り始めたのです。

「そっちに行ったぞ!」

「いや、あっちだ! 追いかけろ!」

 人々が大声で言い合うので、呼び子の音がかき消されてしまうほどです。

「どけ! 邪魔をするな!」

 右往左往する人々に行く手をふさがれる形になって、海軍の兵士たちはどなりました。人々をかき分けてゼンのところへ押し寄せようとしますが、今度はまた別の場所で声が上がりました。

「うひゃぁ、馬が急に暴れ出した! 危ないぞ! どいてくれぇ!」

 馬車が猛スピードで兵士たちの真ん中に突っ込んできたので、兵士たちがあわてて飛びのきます。

 そんな有り様にゼンが思わず呆気にとられていると、ジズが駆けつけてきて言いました。

「ぼんやりするな! この隙にさっさと船に乗れ!」

 とゼンを船のほうへ押しやり、短剣を構えて鋭く周囲をにらみつけます。

 すると、近くで魚を売っていた男が、ジズに話しかけてきました。

「心配しなさんな。ここにいる連中は誰も勇者を海軍に渡したりせんさ」

「そうそう。騒ぎが足りないようなら、あたしの鳥も放してやるよ」

 とニワトリを売っていた女も言って笑います。

 ジズは一瞬唖然とすると、すぐに、にやりと笑って短剣を下ろしました。港の人々が金の石の勇者たちを守ろうとしていることに気づいたのです。大勢の売り子や港の労働者たちが、必要以上に大騒ぎしながら駆け回っていました。海軍の兵士たちをかき回し、ゼンの姿を自分たちの間に隠してしまいます。

 魚売りの男が、ジズにまた言いました。

「勇者は俺たちとセイマの街を大津波から守ってくれたんだ。タコの怪物と彼らと、どっちが海神ルクァのお使いか、俺たちにはちゃぁんとわかっているんだよ――」

 

 ゼンが桟橋へ駆けつけてくると、フルートたちは大急ぎで船に乗り込みました。海軍が追ってくるのではないか、と心配しながら甲板に出ます。

 すると、渡り板がすぐに船から外され、出航の銅鑼(どら)が打ち鳴らされました。その素早さにフルートたちが驚いていると、船のもやい綱を外した男が、フルートたちに向かって大きく手を振りました。銅鑼を鳴らしたり、渡り板を外したりした男たちも集まってきて、飛び跳ねながら手を振ってきます。

「ぼくたちを逃がしてくれたんだ……」

 とフルートは言いました。驚きでつい男ことばになっていましたが、つぶやくような声だったので、他の人々には聞こえませんでした。ただ仲間たちだけがそれを聞いて、改めて港を眺めます。

 桟橋や波止場には、さらに大勢の人が集まっていました。逃げ出したガチョウを抱えたおばさんや、馬車の手綱を握ったおじさんも、フルートたちへ手を振っています。誰もが彼らの正体に気づいて、感謝しながら見送ってくれているのです。

 海軍の兵士たちだけは、まだゼンを探して港を駆け回っていました。フルートたちの船を怪しむように眺める兵士もいましたが、ゼンは用心してフルートの後ろに隠れていたし、海へ出た船を追いかける手段もなかったので、それ以上はどうすることもできませんでした。金の石の勇者はどこだ!? 早く見つけろ! と言い合う声が、少しずつ遠ざかっていきます。

 

 すると、見送る人々の前に、黒いひげを生やした男と黒いドレスを着た女が立ちました。ジズとイリーヌです。港を出ていく船を満足そうに眺めて笑います。

「気をつけていくのよ! あなたたちに海神ルクァ様のお守りがありますように……!」

 イリーヌが無事を祈ってくれる声が聞こえてきたので、フルートたちも甲板から手を振りました。

「ありがとう! 本当にありがとう――! いってきます!」

 海風が、感謝と別れの声を見送る人々へ運びます。

 船は帆を大きく広げると、波に白い筋を描きながら、南大陸に向かって進み始めました――。

The End

(2011年12月8日初稿/2020年4月7日最終修正)

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