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外伝13「ヒムカシの国」

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1.上陸

 水平線に白い波が現れました。

 泡立つ波頭がとどろきながら海を渡っていきます。横に長く伸びた波は、一列になって駆けてくる白馬の群れのようです。

 いえ――それは本当に馬でした。白い水の馬たちがしぶきを立てながら走ってくるのです。とどろきは、馬たちの蹄(ひづめ)が海面を蹴る音でした。

 すると、一頭の馬の背中から声がしました。

「見えた! とうとう陸だぞ!」

 がっしりした体に青い胸当てをつけ、大きな弓矢を背負った少年が、行く手を指さしていました。同じ馬に乗っていた少女も歓声を上げます。

「やったぁ! ついに上陸だね!」

 少女は一つに束ねた緑の髪を風になびかせています。

 隣の波の馬には金の鎧兜の少年が乗ってました。

「よかった。渦王の島を出発してからもう丸五日だからね。そろそろ上陸しないと、食料が底をつくところだったよ」

 ほっとしたように笑うその顔は、まるで少女のように優しげです。

 鎧の少年の前には、もう一人、本物の少女が乗っていました。黒い長衣と赤いお下げ髪を風にはためかせながら、自分の膝を見下ろします。

「ルルは大丈夫? 疲れてない?」

 そこには茶色の毛並みの雌犬が座っていました。聞かれて人間の少女の声で答えます。

「もちろんよ。自分で飛ばないでいいんですもの、楽なものよ。ポチ、あなたは?」

 雌犬が振り返ったのは、隣を駆ける波の馬でした。水の背中に白い小犬が一匹だけで乗っています。

「ワン、ぼくも平気ですよ。フルート、陸の様子を見てきた方がいいんじゃないかな? ぼくが風の犬になって行ってきましょうか?」

 こちらは人間の少年の声です。フルートと呼ばれた鎧の少年は、穏やかに首を振りました。

「いや、いいよ。波の馬は間もなく上陸するし、あそこがどんな場所かわからないからね。風の犬の姿はむやみに見られない方がいいだろう」

「ワン、それもそうか」

 人間と犬なのに、会話になんとなく兄弟のような雰囲気が漂います。

 

 これが金の石の勇者の一行でした。

 ドワーフの血を引く猟師のゼン、海の王と森の姫の娘のメール、金の鎧兜の優しい勇者フルート、天空の国の魔法使いのポポロ、そして、もの言う犬たちのルルとポチ――。全員がまだ少年少女と呼ばれる年頃でしたが、彼らはれっきとした勇者でした。悪の権化のデビルドラゴンから世界を守るために、中央大陸から渦王の島へ渡り、海の王の戦いを経た後、また西の大海を渡って、とうとう海の果ての陸地へたどり着いたのです。

 「メール、あの陸地はどこなの?」

 とルルに聞かれて、緑の髪の少女は首をひねりました。

「うーん、どこかな。あたいたちは父上の島からまっすぐ西に向かってきたからさ、たぶん、中央大陸の東側にたどりついたんじゃないかとは思うんだけど」

「なんだ、頼りねえな。おまえは海の王の娘なんだろう? そのくらいわかんねえのかよ」

 ゼンに文句を言われて、メールはじろりとにらみ返しました。

「こっち側へ海を渡ってきたのは初めてなんだもん、しょうがないじゃないか。だいたい、あれが大陸か島か、それもよくわかんないんだからさ。陸の手前には島がいっぱいあるものなんだよ」

「あれが島なもんかよ。あんなでかい島があってたまるか」

「ゼンこそ無知だね。世界にはロムドやエスタなんて国よりずっと大きな島が、いくらでもあるんだよ」

「無知とはなんだ! こちとら山のドワーフなんだ。海や島のことなんか知るもんか!」

「知らないんなら、あたいが知らないことにだって文句言うんじゃないよ! 世界の海は広いんだからさ。その何もかもまでわかってるわけないじゃないか!」

「文句なんか言ってねえだろう!? 俺はただ――」

 やりとりが喧嘩のようになっていきますが、実際にはこの二人は恋人同士です。すぐにこんなふうに言い合いになりますが、仲直りもあっという間なので、仲間たちは誰も気にしていません。

「本当に、あそこはどこなのかしら? 今度こそ、手がかりが見つかるかしらね――?」

 緑の瞳を輝かせて行く手を見るポポロに、フルートはそっとほほえみました。ポポロたちは、他でもないフルートのために、闇の竜を倒す方法を探して世界中を旅してくれているのです。

 

 行く手に陸が迫ってきました。静かだった海面が次第に波立ち始めます。その上を波の馬たちは駆け抜け、海岸の白い砂浜に駆け上がっていきました。ザザザザーッ……と水が砂をこする音が響きます。

 すると、馬たちはいっせいにくるりと向きを変えました。今度は海へ駆け戻っていきます。馬たちの蹄が水面を蹴り始めると、また白いしぶきととどろきが湧き起こります。

 けれども、その時にはもう、フルートたちは馬の背中から飛び下りていました。砂浜に立って馬たちに向かって大きく手を振ります。

「ありがとう、波の馬たち!」

「送ってくれてありがとよ!」

「父上たちのところに戻ったら、よろしく言っとくれね!」

 ワンワン、と二匹の犬たちも高くほえます。

 波の馬たちが白く伸ばした線のようになり、やがて水平線の向こうに見えなくなっていきます――。

 

 馬たちが去っても、海岸に波が打ち寄せる音は続いていました。陸からは木々の梢が風に鳴る音や、虫の声も聞こえてきます。虫は耳をふさぎたくなるほど賑やかです。

「蝉(せみ)だね。父上の島にもいっぱいいたけどさ、鳴き声が違うよ。場所によって蝉の声も違うんだね」

 とメールが感心すると、ゼンが言いました。

「こう蒸し暑いと、蝉の声も耳障りだな。海辺で風があるってのに、もう汗だくだぞ」

「ワン、もう七月ですからね。夏だもの、暑くて当然だ」

 とポチが答えます。言うことは冷静でも、実際には舌をだらりと出して、暑さにあえいでいます。ポポロやルルは何も言いませんが、やはり、かなり暑そうにしていました。

 フルートだけは汗をまったくかいていませんでした。魔法の鎧兜を着ているので、暑さ寒さをまったく感じないのです。それでも、仲間たちのために木陰を探してあたりを見回しました。蝉が鳴く林は、砂浜をはさむ小高い丘の上にあります。暑い中、そこまで登っていくのは、ちょっと難儀です……。

 

 すると、波の音や蝉の声に混じって別の音が聞こえてきました。たちまち犬たちが耳を立て、少年少女たちが、おやという顔をします。それは赤ん坊の泣き声だったのです。

 急いで声のするほうへ行ってみると、そびえる大岩の陰に赤ん坊がいました。裸の体を布でくるまれて、砂の上にじかに置かれています。泣き声は砂浜中に響いているのに、近くに大人の姿はありません。

「捨て子か?」

 とゼンは難しい顔になりました。犬たちがあたりの匂いをかいで、とまどいます。

「ワン、近くに人の匂いがしませんよ」

「匂いをたどれれば、この子の家がわかるのに。砂浜だからかしら?」

 赤ん坊は、ほぎゃあ、ほぎゃあと泣き続けていました。岩が落とす影の中ですが、真夏の砂浜はかなりの暑さです。このまま放っておけば、すぐに死んでしまいます。

 フルートは急いで赤ん坊を抱き上げると、ポポロに言いました。

「水を――。この子に飲ませてやらなくちゃ」

 ところが、ポポロが水筒を取り出して赤ん坊に飲ませようとすると、ポチが止めました。

「ワン、そのままじゃ無理ですよ。お母さんのお乳しか飲めない赤ちゃんなんだもの、コップや水筒から水が飲めるわけがない」

「じゃあ、どうするんだよ。こいつらはまだ乳なんか出ねえぞ」

 とゼンがメールとポポロを示したので、真っ赤になったメールからひっぱたかれました。

「何言ってんのさ、あたりまえだろっ!」

 フルートはなんとか赤ん坊を泣きやませようとゆすぶりながら言いました。

「布を水に浸して、その布を吸わせてみよう。牧場では、母牛に死なれた仔牛に急いで乳を飲ませるときに、そうするんだ――」

 

 その時、フルートの腕の中で、赤ん坊の体が、がくんと沈み込みました。赤ん坊の体がいきなり重くなったのです。とっさにそれを抱え直して、フルートは仰天しました。赤ん坊はどんどん重くなっていきます。まるで大きな石の塊を抱いているようです。

「ワン、フルート!?」

「どうした!?」

 ポチがゼンが驚いて駆け寄ろうとすると、今度はポポロが声を上げました。

「見て――!」

 フルートの金の胸当ての隙間から金色の光が洩れていました。強く弱く、またたくように輝いています。

「闇の敵だ!!」

 ゼンがどなり、全員はいっせいに赤ん坊へ身構えました――。

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