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外伝9「薔薇の使節団」

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1.使節団

 痛いほどに寒い冬の朝、仮面の盗賊団の戦いに勝利した勇者の少年少女たちは、ロキと共に森を飛び立っていきました。

 ロキを故郷のコネルアへ送るためです。二匹の風の犬が、彼らを背に青空を遠ざかっていきます。

 フルートたちは全員、今にも泣き出しそうな顔をしていました。彼らはこれからつらい別れをしなくてはならないのです。見送っていたオリバンは思わずため息をつくと、後ろに控える占者を振り向きました。

「あいつらはどうなる? また元気を失ってしまうのだろうか?」

 ユギルはいつの間にか黒い占盤を地面に置いてその前に座り込んでいました。磨き上げられた石の表面は鏡のようです。青と金の色違いの瞳でじっとそこをのぞき込みながら、銀髪の占者は言いました。

「別れは定められております。ですが――勇者殿たちは希望を失いません。ここに笑顔で戻ってこられる、と占盤が告げております」

「そうか」

 オリバンはほっとしました。彼らに何が起きるのか、そこまではユギルの占いでも今は読めません。けれども、決して悪い結果にはならないのだと、ロムドの皇太子は確信したのでした。

 

 北の森の中では、ロムド軍が続々と退却を続けていました。整然と隊列を組みながら、王都ディーラに向かって出発しますが、なにしろ千名を超す大部隊なので、移動にも時間がかかります。いつも最後に戦地を離れるワルラ将軍が、退却する部下たちを副官のガストと共に見守っています。

 それを一緒に見ていたオリバンが、ふと思い出した顔になりました。

「そう言えば、私はザカラスのアイル王の戴冠式に出席するはずだった。フルートたちと共に、盗賊退治に来てしまったが……。あの件はどうなっただろうな?」

 隣国ザカラスは、薔薇色の姫君の戦いの終わりに王を失い、一人息子のアイル皇太子が新しい王に即位しました。その戴冠式が二月の初めに執り行われるので、ロムドからはオリバンが参列することになっていたのです。

 戴冠式の後にはロムドとザカラスの間で正式に和平条約を結ぶ運びにもなっていました。金の石の勇者やオリバンたちの働きで、デビルドラゴンの魔手から救われたザカラスです。これまでのような形ばかりの講和ではなく、本当に国と国とが協力し合える、本物の同盟国になるはずでした。そのための条約に調印するという大事な使命も、オリバンは担っていたのです。

 すると、占盤をのぞき続けていたユギルが、おや、という表情になりました。興味深そうに占盤を見つめて言います。

「戴冠式には、王妃様と王女様が出席なさるようです。象徴がザカラスへ向かっています」

「義母上とメーレーンが?」

 とオリバンは驚きましたが、考えてみればそれは筋の通った人選でしたでした。義母のメノア王妃はザカラスの王女で、アイル王の妹に当たります。一方、メーレーンはつい先日までザカラス城に滞在して、とても楽しく過ごしてきたのです。――実際には、今は亡きザカラス前王から人質にされていたのですが、メーレーン自身はそんなことには少しも気づいていません。ザカラスに少なくない縁がある二人ならば、オリバンの代理で戴冠式に出席するのにもふさわしいと言えます。

 

 けれども、オリバンは難しい顔をしました。

「大丈夫だろうか……? ロムドとザカラスが和平を結ぶことを快く思わない者たちは少なからずいる。たとえ戴冠式だけであっても、義母上やメーレーンがザカラスへ行くのは危険ではないのか? 式までにはまだ十日ほど間がある。今から急いで追えば、私が出席することが可能だと思うが」

 すぐにでもザカラスへ向かおうとするオリバンに、ユギルは静かに答えました。その目は占盤を見つめたままです。

「いいえ、殿下……その必要はございません。王妃様方はきっとうまくなさるだろうと占盤が言っております。それに、お二人にはトウガリ殿も同行しておられます。危険なことはございますまい」

「そうか」

 オリバンはうなずきました。ひょろひょろと痩せた長身に赤と黄色の奇抜な服を着て、派手な化粧をしたトウガリを思い出します。表向きは王妃付きの宮廷道化というのが職業ですが、その本当の姿はロムドや王妃たちを敵から守る間者です。先の薔薇色の姫君の戦いの際には、フルートたちと一緒にザカラスまで王女の救出に向かい、非常に大きな役割を果たしてきました。間者としても一流ならば、王妃たちを守る心も誰にも負けません。そのトウガリが王妃やメーレーンと一緒であれば、心配はないように思えました。

「ザカラス国民にとっても、私のようなむさ苦しい男より、麗しい女性たちが来る方が嬉しいだろう。義母上やメーレーンの方が、私よりうまくやるのかもしれんな」

 とオリバンは太い腕を組んで笑いました。ロムドの皇太子は見上げるような立派な体格をした美丈夫です。むさくるしいなどとは絶対に誰も思わないのですが、オリバン自身は本当にそんなふうに考えていました。

 

 ユギルは何も言わずに、ただほほえみました。占盤の上を王妃や王女たちの象徴が西へ進んでいくのを見守り続けます。バラの花を何より愛する母娘です。その象徴も大小のピンクのバラの花になって表れていました。

 ザカラス城は、闇の竜に蹂躙(じゅうりん)された傷跡が生々しく残り、新しい王を迎えたというのに、深い悲しみと失望に包まれていました。二輪のバラの花は、そこへ向かっていきます。柔らかく美しい色合いの花が周囲の空気まで優しい色に染めていくようです。

「さしずめ薔薇の使節団というところでございますね」

 とユギルは言い、案外、殿下がおっしゃるとおりのことが起きるのかもしれない――と心でそっと考えました。

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