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外伝7「二人旅」

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3.再会

 サラが北の峰のドワーフの洞窟を訪ねてきたのは、それから二ヶ月後のことでした。森は若葉におおわれ、山には初夏の気配が漂っていました。

 ビョールに会いたい、と言うサラに、洞窟の番人のドワーフはそっけなく対応しました。帰れ帰れ、ここは人間の女が来るようなところじゃない。

 ところが、サラは帰りませんでした。洞窟の入り口近くで野宿を始めて、そこから動こうとしません。番人のドワーフたちが追い払おうとすると、一度はそこを離れるのですが、またすぐに戻ってきてしまいます。

 そんなことが三日続いて、四日目の早朝、洞窟の外にビョールが出てきました。サラは入り口の扉の近くで毛布をかぶって寝ていましたが、ビョールがその枕元に立つと目を開けました。男が覚えている笑顔でほほえみます。

「やっと出てきてくれた」

 嬉しそうに言う明るい声も変わりません。

 ビョールはとまどいながら言いました。

「何故また来た。家に帰ったはずじゃなかったのか」

 サラは起き上がり、肩をすくめて見せました。

「あたしが勤めていたお屋敷で、あたしが坊ちゃんを殴って怪我させた、って憲兵に通報してたのさ。アニーの町にぐずぐずしてると捕まって牢屋に入れられちゃうからさ、また町を逃げ出してきたんだよ」

 ビョールは何も言いませんでした。ただじっとサラを見つめてしまいます。やはりこの女は、つらい状況になっても少しも苦しい顔をしません。あっけらかんと話し続けます。

「別の町に行っても良かったんだけどさぁ、やっぱりあたしはあんたに会いたかったんだよね。人に聞きながら、この洞窟まで来たんだよ。峰の麓を回ってきたし、途中で旅費を稼ぐのに日雇いの仕事をしながらだったから、二ヶ月もかかっちゃったけどさ。こうやって、ほんとにまた会えたもんね。嬉しいなぁ」

 

 ビョールはますますとまどいました。低い声で尋ねます。

「どうしてだ――俺はドワーフだぞ」

 すると、サラはにっこり笑いました。そばかすの浮いた平凡そうな顔が、ビョールの目にはまぶしく映ります。

「そんなの、あんたがいい人だってことと、全然関係ないじゃないか。ドワーフと人間でも友だちになれるんだよ。結婚だってできるに決まってる」

 そう言って、サラはじっとビョールを見上げました。何も返事をしようとしない男に、笑顔のままで言います。

「あたしはあんたが大好きさ。あたしをあんたの女房にしてよ」

 ビョールはやっぱり答えません。サラもそれ以上は何も言わず、ただ男を見つめ続けました。明るい笑顔の中、黒い瞳だけが切なく想いを訴えています。女は本気なのです――。

「変な女だ」

 とビョールはうなるように言いました。それ以外のことばが思いつきませんでした。

 すると、サラがいたずらっぽく笑って聞き返しました。

「変な女は嫌い?」

 ビョールは考え込みました。とまどい、ためらい、それでもとうとう本当のことを言ってしまいます。

「いや……むしろ好きかもな」

 たちまち女の明るい笑い声がはじけました。

 幸せそうに手を差し伸べてくるサラを、ビョールは腕の中に強く抱きしめました――

 

 

 薄暗い部屋の中で、ビョールは目を覚ましました。

 ドワーフの洞窟にある岩の家の中です。夜明け前の時刻だったので、窓の外はまだ真っ暗でした。――ドワーフの洞窟に太陽の光は差し込みません。代わりに洞窟を照らす太陽の石が、昼には輝き夜には暗くなって時を知らせるのです。

 ビョールは岩の床に敷いた布団の上に寝ていました。久しぶりに懐かしい夢を見たのです。名残を惜しむように暗い天井を見つめてしまいます。

 やがて、ビョールは自分の隣に目を移しました。並んで敷かれた布団の上にはゼンが眠っています。毛布をほとんど跳ね飛ばしているのを見て、ビョールは起き上がりました。大の字になって眠る息子に毛布をかけ直してやります。

 もうとおに父親の身長を越えて大きくなってしまったゼンですが、寝顔にはまだあどけなさが漂っています。そして、まぶたを閉じた目元や笑うような口元に、サラの面影がありました。黒に近い髪の色も母親から受け継いできたものです。ビョールは、そっとほほえみました。

 

 洞窟のドワーフたちにビョールとサラとの結婚を認めてもらうまでに半年かかりました。それからさらに一年後に、ゼンが生まれたのです。

 ゼンがまだほんの赤ん坊だった頃に、サラは病でこの世を去っていきました。決して長い結婚生活ではありませんでしたが、ビョールはそれを不幸だとは思っていませんでした。

 サラならば、きっとこう言ったのです。

「あたしはあんたと結婚できたし、こうしてかわいい息子も授かったんだもの。あたしは世界一幸せな女なんだよ。大事なのは人生の長さじゃないのさ。どのくらい幸せを感じながら生きられるか――そのことの方がずっと大事なんだよ。そう思わないかい、ビョール?」

 妻の屈託のない笑顔が思い浮かびます。

 同じ笑顔は息子のゼンに受け継がれました。いつの間にか、母と同じ前向きな考え方をするようになったゼンです。確かにサラは幸せだったんだろうな、とビョールは考えます。

 

 ゼンはぐっすりと眠っています。けれども、こんな寝顔を見られるのもあとわずかなのだとビョールにはわかっていました。年明けと共にゼンは旅立っていくのです。

 行き先なんかわかんねえ、とゼンはあっけらかんと言いました。とにかくフルートたちと一緒に行くんだ。デビルドラゴンをぶっ倒す方法が見つかるまで帰ってこねえけど、心配すんなよ、親父――。

 ビョールは今度はちょっと苦笑しました。寝顔を見つめ続けながら、心の中で妻に話しかけます。

「ゼンが世界に出て行くぞ、サラ。相変わらず無鉄砲で危なっかしい奴だがな、それでも、なんとか頑張っていくだろうよ。困難に出会ったって、きっと切り抜けていくだろう。なにしろ、おまえと俺の息子だからな――」

 そうそう、あたしたちの息子だもの。

 どこかでサラが答えたような気がしました。明るい笑い声はずっと耳の底で聞こえ続けています。あたしたちはとても幸せだよね、といつもビョールに語りかけているのです。

 未明の静けさの中、新しい年はもうすぐそこまで近づいていました。

The End

(2007年11月18日初稿/2020年3月22日最終修正)

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