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外伝6「マグノリア」

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6.占者の誕生

 ザカラスの首都ザカリアの大通りは、大勢の人々で埋め尽くされていました。沿道に大勢の市民が鈴なりになって、通りを行進する馬車や衛兵たちに手を振ります。数台連なった馬車の一番真ん中には、隣国ロムドの国王が乗っています。

 半年間続いたロムドとの戦争が終結し、ザカラスは敗北しました。敗戦国にどれほどの補償を求められるのかとザカラスは恐れたのですが、ロムド王はただ恒久的な和平と親睦を求めてきただけで、金品や土地は一切要求しませんでした。この寛大な対処に感激したザカラス王は、末の王女との婚礼をロムド王に持ちかけ、先の王妃を病気でなくしていたロムド王も快くこれを受け、この度めでたく両国の間で婚礼と和平とが成立することになったのでした。

 沿道に詰めかけた人々は、婚礼の挨拶のためにザカラスを訪れたロムド王を歓迎していました。王女とは三十以上も年の開きがありますが、中央大陸に「賢王」の名をはせているロムド王です。きっと王女を幸せにするだろう、ザカラスにも末永い平和をもたらしてくれるに違いない、と人々は期待していました。

 そんな人混みの中で、ユギルはじっと待ち続けていました。灰色のマントをはおり、目立つ髪や目や肌の色をフードの奥に隠しています。

 馬車が近づいてくると、人々の歓迎の声はいっそう熱狂的になります。口々にロムド王の名を呼び、両国の繁栄を祈り、手を振り、花をまき散らします。大銅鑼(おおどら)を沿道に持ち出して、賑やかに打ち鳴らす人々もいます。

 ふん、とユギルは鼻を鳴らしました。

「茶番だな」

 とつぶやきますが、その声は周囲の騒ぎに飲み込まれて、誰の耳にも届きませんでした。

 やがて、目の前に馬車がやってきました。真ん中の、ひときわ華やかに飾られた馬車に、ロムド王が乗っているのです。人々の声が大きく激しくなります。

 

 その時、ふいに反対側の沿道で人々の悲鳴が上がりました。持ち出されていた大銅鑼が、突風にあおられ、ゆっくりと人々の上に倒れ始めたのです。高さが三メートルあまりもある大銅鑼です。下敷きになっては大変、と人々が逃げまどい、沿道は大騒ぎになります。誰もいなくなった石畳の上に大銅鑼が倒れ、ドジャーーンンン……とすさまじい音を立てます。沿道の人々も、通りを行進する衛兵たちも、思わずそちらに注目します――。

 

 馬車の中のロムド王もその音を聞きつけました。供の者に尋ねます。

「何事であろうな?」

 黒ずくめの剣士が鋭い目で馬車の窓から沿道を眺めました。人々の動きを確かめて主君を振り向きます。

「単なる事故のようです。心配は――」

 言いかけて、剣士は絶句しました。国王も、ぎょっとしたように自分の隣を見ました。馬車の中にいたのは王と剣士の二人だけだったはずだったのに、いつの間にかもう一人の人物が増えていたのです。灰色のフード付きのマントを着て、国王のすぐ隣に、影のように座りこんでいます。

「何者だ!?」

 と剣士が腰の大剣を抜こうとすると、フードの奥から、意外なほど若い男の声がしました。

「このままザカラス城に行けば、明日の夕方には、ロムド王はもう生きてはいないよ」

「なに――!?」

 と剣士が顔色を変えます。

 ロムド王も驚いたように隣の人物を見つめていましたが、やがて、手を伸ばすと、人物の灰色のフードを引き下ろしました。

 とたんに、銀の輝きが二人の目を打ちました。輝く銀髪に浅黒い肌をした少年が現れます。その瞳は、右が青、左が金色の不思議な色合いをしていました。

 少年は顔を歪めるようにして笑いました。大人びた口調で続けます。

「暗殺者が王を狙ってるよ。気をつけるんだね」

 剣士は再び顔色を変えました。王も真剣な表情になります。それはいったい――と尋ねようとすると、少年はふいに座席から立ち上がりました。その時、通りが曲がり角に差しかかったようで、馬車が速度を落としました。少年は馬車の扉に手をかけると、ためらうことなく外へ飛び出していきました――。

 

 ユギルは走りました。人混みの間をぬい、通りから横道に飛び込み、曲がりくねった細い道から道へと走り抜け、誰もついてきていないことを確かめてから、ようやく立ち止まります。隣国の王を歓迎する人々の声は、もう遠い潮騒のようにしか聞こえなくなっていました。

 はあ、とユギルは建物の壁にもたれて大きく息をしました。鼓動が激しくなっているのは、全速力で走ってきたせいばかりではありません。相手は賢王と名高いロムド国王でした。その警備の隙を突いて馬車に乗り込めば、それだけで充分死刑に値したのです。

 あの王様、俺の言うことを信じるかな、とユギルは考えました。占盤をのぞいているうちに、偶然見つけた企みです。ロムド王が暗殺されれば、中央大陸全体、やがては全世界が大きな混乱と闇に飲み込まれていく、と占いは告げていました。その企みを止める者がいないことも、占盤は知らせていました。暗殺の動きをつかんだのは、ユギル一人だけだったのです。

 迷った挙げ句、ユギルはザカラスまでやってきました。ザカラス城へ向かう途中でなら、直接王に話せる時間があると、これも占いでわかったからです。

 自分にできることはやり終えました。後は、あの王が自分のことばをどう判断するか、ただそれだけにかかっています。でも……

「どうせ信じるはずなんてないんだよな」

 とユギルは思わずつぶやいていました。皮肉な笑いが顔に浮かびます――。

 

 その時、ユギルの肩がいきなり男の手につかまれました。仰天して飛び上がったユギルは、それがさっき馬車に乗っていた黒ずくめの剣士なのを見て、また心臓が止まるほど驚きました。後をつけられていたことに、まったく気がつかなかったのです。

 すると、剣士が言いました。

「陛下からの伝言だ。今夜、陛下の元へ来い」

 低い声ですが、刃物のような鋭さを隠しています。一瞬でもおかしなそぶりを見せればたちまち切り殺される、とユギルは肌で感じました。

 思わず震える声を必死で抑えながら、ユギルは聞き返しました。

「何時に、どこへ行けばいいんだよ?」

 すると、剣士がじろりと視線を向けてきました。冷ややかな、けれども、同時に試すようなまなざしでした。

「それくらい自分で判断しろ。おまえは占い師なんだろう――」

 ユギルは、はっとしました。

 黒ずくめの男は、後は何も言わずに、きびすを返して去っていきました。

 

 その日の夜更け、ユギルはザカラス城のロムド王を訪ねました。賓客を迎えて城はいつにも増して厳重に警戒をしていましたが、ユギルは占いで警備の隙を突き、誰にも見つかることなく王の部屋までたどりついたのでした。

 もう午前零時を回っていましたが、ロムド王はまだ起きていて、同じ部屋の中にあの黒ずくめの剣士だけが一緒にいました。王は寝間着の上に立派なガウンをはおってくつろいでいましたが、剣士は大剣を下げた腰に手を当てたまま、少しも油断なく控えています。刺すようなまなざしを感じながら、ユギルは精一杯王の前で胸を張って見せました。

「来たよ、王様――。何の用さ」

 ユギルは王に対することばづかいなど知りません。ただ、自分に話せる言い方で話しかけます。ロムド王はそれを気にする様子もなく、軽く手を振ってテーブルの前の椅子を示しました。

「座りなさい。私を暗殺しようとする者が、このザカラス城にいるというのだな? それは何者で、目的は何なのだ? わかる限りのことを教えてほしいのだ」

 ユギルは目を丸くしました。王は真面目な表情をしています。それが信じられなくて、思わず聞き返してしまいました。

「あんた、俺の言うことを信じるのか? どうしてだよ?」

「これは不思議なことを言うな。そなたは占い師なのだろう? そなたが占ったことを信じて、どこがおかしいのだ」

「で――でも、だって――!」

 王にとって、ユギルは突然馬車の中に現れた、どこの馬の骨とも知れない子どもです。それなのに、王が何の疑いもなく自分のことばを信用しようとすることが、とても信じられませんでした。

 そんなユギルの様子に、王が笑いました。

「どうやら、そなたは占者になってまだ日が浅いようだな。だが、あれだけの人と警備の中で、誰にも気づかれずに馬車に乗り込むなど、並の占者にできることではない。わしとて、自分の城から一番優秀な占者を同行させていたのだ。ここにいるゴーラントス卿も、城で一番腕の良い剣士だ。そんな彼らを出し抜いたからには、そなたは一流の占者であろう。どんなに年が若くともな」

 ユギルはただただ驚きあきれて、ロムド王の顔を眺めていました。思慮深そうな目をした王は、ユギルの銀髪も浅黒い肌も色違いの瞳も、何も気にしていませんでした。彼が子どもであることさえ、まったく意に介していないのです。

 その時、ふいにマグノリアの声が聞こえたような気がしました。

「あんたはやがて、世界から必要とされる重要な占い師になっていく。あんたのことばには、一国の王さえ従うようになるよ――」

 でも、それにはあんた自身がまず、人を信じるようにならなくちゃね、とマグノリアの声は続きました。他人を信じてない人間のことばを信じる人間はいないんだから、と。

 本当かな、とユギルは心の中で尋ね返しました。本当に、そんな大人がいるのかな――あんた以外にも。

 なんだか、不安と期待で、泣きたいような気持ちになってきます……。

 ロムド王はユギルの話を待っていました。黒ずくめの剣士も、さっきよりはずっと落ちついた雰囲気になって、ユギルを見つめています。ユギルは意を決して話し出しました。

「王様を狙ってるのは、ザカラス王だよ。結婚のための儀式の最中に、刺客に王様を殺させようとしているんだ――」

 

「なるほどな」

 ユギルの話をすべて聞き終わると、ロムド王はそう言いました。少し考えてから、こう尋ねてきます。

「そなたは、敵の刺客を防ぐ方法を思いつくことができるか?」

「俺の占いを信じてくれれば」

 とユギルは答えました。我ながら、王様相手にものすごく偉そうなことを言っていると感じます。なんだか、夢でも見ているようです。

 すると、ロムド王はうなずきました。

「よかろう。では、そなたにわしのお抱え占者の身分を与えよう。わしと一緒に来なさい、占い師」

 ユギルはまた目をまん丸にしました。一瞬、本当に声が出なくなります。やっとのことで、こう聞き返しました。

「あんた――今、何て言ったんだ――?」

 とたんに、黒い剣士がこらえきれなくなったように吹き出しました。笑いながら言います。

「まず、そのことばを何とかしなくちゃいかんな。そんな言い方をしていたんじゃ、あっという間に宮廷からつまみ出されるぞ、占い師」

「ユギルだよ」

 名乗りながら、少年はまだとまどっていました。とても現実のこととは思えません。本当に夢を見ているようです……。

 そんな中、また、マグノリアの声が聞こえてきたような気がしました。

 お行き、ユギル。世界があんたを待ってるよ。あたしはずっと、あんたを見ているからね。ずっとずっと、あんたのことを見ていてあげるからね。

 その声は、ユギルの人生の道を照らし出す、白い灯火のようでした――。

The End

(2007年4月6日初稿/2020年3月19日最終修正)

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