「あれから四十年かい」
氷の家の壁にかかった小さな肖像画を見ながら、占いおばばはつぶやきました。
丸い部屋の真ん中では火皿が燃え、天井からつり下げられたランプが部屋全体を照らしています。
おばばが見ているのは赤茶色の髪とひげの青年の絵でした。がっしりとしたドワーフの体型をしています――。
「ほんとにねぇ、まさかこんな形であんたと再会することになるとは思わなかったよ、グランツ。あんたの孫はあんたに瓜二つじゃないのさ」
金の石の勇者と一緒に北の大地に現れたゼンは、見た目は祖父にあまり似ていませんでした。けれども、おばばにはそれがあの男の孫なのだと一目でわかりました。少年の魂の形は、驚くほど祖父のグランツにそっくりだったのです。
おばばは肖像画の男に話しかけ続けます。
「あんたはあれから幸せだったんだね……あの子を見てわかったよ。良かったじゃないのさ」
遠いあの日の思い出と、もう手も届かない彼方の後悔が、今さらながら老いた胸を騒がせます。年甲斐もないこと――と、おばばは皮肉な笑いを浮かべました。
しわだらけになってしまった小さな手、しわが深く刻まれた顔。銀の髪と耳は雪よりも白くなりました。もう誰も彼女が「占い姫」などと呼ばれていたことを覚えてはいません。
すると、肖像画の男が尋ねかけてきたような気がしました。
「おまえはどうなんだ、レンラ? おまえは幸せだったのか?」
おばばは肖像画をまた見上げました。
「あたしかい? あたしは――」
その時、さっと入口のトンネルから冷たい風が吹き込んできて、部屋の仕切りのカーテンから大柄な男が顔をのぞかせました。ウー、と声をかけてきます。
「客? ああ、入っておもらい」
とおばばは答えました。著名な占い師のおばばを訪ねて、客が来たのです。大男のウィスルはうなずいて、カーテンから頭を引っ込めました。
おばばは肖像画の男をまた見上げると、大きくにっこりと笑いかけました。
「あたしも、もちろん幸せだったさ、グランツ。ずっと、ずうっと、幸せでいたよ」
ウィスルの案内で客が家に入ってきました。不安そうな様子のトジー族の若者です。悩んで思い詰めた顔をしています。
占いおばばは客の前に座ると、ほほほ、と声を上げて笑いました。
「なんて顔してるんだろうね。さあ、何を知りたいのかお話しよ。あたしはダイトの占いおばばだ。あたしの占いは、よく当たるんだからね――」
果てしなく白く広がる北の大地。
永遠に変わることのない景色の中に、今日もまた雪が降り続いていました。
The End
(2007年2月3日初稿/2020年3月19日最終修正)