「とまあ、これが私たちが結婚するまでのいきさつよ」
と栗色の髪の貴婦人は長い思い出話をしめくくりました。ほわぁんとした顔で聞き惚れていたメールとポポロに笑って見せます。
「実際に私たちが結婚したのは、それからさらに半年後の、先月のことよ。貴族の結婚は支度に時間がかかるから、これでも早い方だったの。結婚してからも、あの人は相変わらずとても忙しかったのだけれど、あなたたちがこのハルマスを訪ねてくるとユギル様が占ってくださったおかげで、私たちも、思いがけず新婚旅行に来ることができたというわけなの。こんなにゆっくり過ごせるなんて本当に夢のようよ。あなたたちに感謝しなくてはね」
それを聞いてメールは何かを言いかけ、思い直したように口を閉じました。
本当は、「でも、あたいたちがいなかったら、とっくの昔にジュリアさんたちは結婚できてたんじゃないのさ」と言おうとしたのです。けれども、それは言ってもしかたのないことでした。ジュリアたちは、過ぎた時間ではなく、これからの時間を見つめています。それならば、メールたちにも何も言うべきことはないのでした。
「さあ、ちょうどケーキも焼けたようね」
とジュリアがかまどの扉を開けながら言いました。スグリのケーキの甘酸っぱい匂いが台所中に漂います。
すると、そこへ入口からゴーリスが顔をのぞかせました。後ろには銀髪の占い師を従えています。
「おお、いい匂いがするな」
と夫に声をかけられて、ジュリアは穏やかにほほえみ返しました。
「メールとポポロが作ったのよ。フルートやゼンたちに食べさせたいって。上手にできたわね」
「そりゃ、さぞかしあいつらが喜ぶだろう」
とゴーリスも笑います。
そんなゴーリスとジュリアを、なんとなくどぎまぎしながら少女たちは見つめていました。表面からは見えなくても、ふたりの間にはしっかり通い合う気持ちがあるのだと考えます。
のぼせたような顔をしている少女たちに、ゴーリスの後ろに立つユギルが、おや、という表情をしましたが、口に出しては何も言いませんでした。
そこへ、今度は大柄な黒い鎧の戦士が顔を出しました。エスタの辺境部隊のオーダです。足下には、いつものように白いライオンの吹雪がお伴についています。
「ここにいたのか、ゴーラントス卿。俺たちはそろそろエスタに戻らねばならん。挨拶しようと思って探していたんだ――」
ゴーリスたちが、廊下で話を始めました。
ジュリアは少女たちを見ました。
「さあ、こっちはフルートやゼンたちを探さなくちゃね。ケーキでお茶にしましょう」
「あたいが呼んでくるよ!」
メールが即座に答えて台所から飛び出していきました。廊下は通らずに、裏口から直接中庭に出て行きます。
緑のあふれる中庭の小道を、風が吹き渡っていきます。心地よい初夏の風です。
木の葉のさやぐ音を聞きながら、メールは今聞いた物語を思い返していました。城で夫の渦王を待ち続けていた母の姿と、十年間ゴーリスを待ち続けたジュリアの姿が、どこかで重なります。明るい茶色の瞳をした少年の顔が、頭の中に浮かんで消えていきます。
いつしか、メールは心の中でつぶやいていました。
待っていたら――待ち続けていたら、いつかその人が自分を振り向いてくれる日も来るんだろうか……? と。
中庭の上に広がる空は抜けるように青く、木立の隙間から見える湖の向こうには、デセラール山の頂がくっきりと浮かび上がっていました。
The End
(2006年12月20日初稿/2020年3月13日最終修正)