遠い遠い北の果て……真っ白な雪と深い森に包まれて、1軒の家が建っていました。
煉瓦の壁に赤い屋根、大きな煙突から煙が勢い良くわき出して、灰色の空に溶けていきます。
家の中の暖炉では、炎が赤々と燃えていました。パチン、パチパチ。時折まきがはじけて、火の粉を散らします。
そんな暖かな部屋の真ん中で、テーブルを囲んで立っていたのは、10人のおじいさんたち。白人、黒人、黄色人種、のっぽに太っちょ、ちびに痩せ。肌の色も体格もてんでばらばらですが、みんな揃って赤い服を着て、優しそうな顔つきをしています。
そう、このおじいさんたちはサンタクロース。ここはサンタの家なのです。
10人のサンタクロースが見ていたのは、テーブルに山と積まれた手紙やハガキでした。世界中の子供たちが、クリスマス近くになるとポストに入れる、サンタクロース宛のお願いです。
中には、切手が貼ってなかったり、住所が書いてないものも多いのですが、それでも大丈夫。ちゃんとこうしてサンタの元に届いてくるのです。
「サンタさん、お願いです。プレゼントに5段変速の自転車を下さい」
と黒人のサンタクロースが子どもの手紙を読み上げていました。
「そっちは自転車か。こっちは一輪車だよ。真っ赤なのが欲しいらしいな」
と白人のサンタクロースがハガキを見ながら言います。
「こちらはテレビゲームの機械だよ。それに、ゲームのカセットを3つもリクエストしてきている」
と黄色人種のサンタクロースは苦笑い。
「インラインスケートのスケート靴」
「ウェディングドレスを着たハービー人形」
「フライフィッシング用の釣り竿」
「変形合体するロボット」
「4輪駆動のラジコンカー」
「携帯電話……」
次々と読み上げられていくリクエストに、とうとう、一番年配のサンタクロースが深いため息をつきました。
「やはり、今年もわしらには無理のようじゃのう」
とたんに他の9人のサンタも、いっせいに深いため息をひとつ……。
昔は、こうではありませんでした。
高級なおもちゃなどない時代でしたから、サンタクロースたちは木で作ったおもちゃやぬいぐるみ、それに、りんごやクルミなどを、世界中の子どもの靴下に配って回りました。そんなものでも、当時の子供たちは目を輝かせて大喜びしたものです。
今でもサンタクロースたちは、木の兵隊や木馬などのおもちゃを上手に作れます。材料の木も、まわりの森にいくらでもあります。サンタクロースの奥さんたちは針仕事が得意なので、抱き人形やぬいぐるみをいくつでも作れます。森の片隅の畑では、冬でもりんごがどっさりなっていますし、家の地下室には、秋のうちに集めたクルミが何百袋もしまってあります。
でも、今の子供たちはそんなプレゼントを喜ばないのです。
彼らが欲しがるのは、テレビゲームや高級なおもちゃ、スポーツ用品や、テレビのコマーシャルに出てくる流行(はやり)もの……
サンタクロースたちには準備できないものばかりなのです。
すると、初めにため息をついた長老サンタが顔を上げました。
「しかたがない。今年も例のものをプレゼントするとしよう」
その言葉に、他の9人もいっせいにうなづきました。中には、ちょっと苦笑いしているサンタもいましたが、長老サンタはせかすように言いました。
「そうと決まれば、ぐずぐずしてはおれんぞ。クリスマスまであと1カ月もないんじゃからな」
そこで、サンタクロースたちは大急ぎで身支度を整え、馬屋でトナカイにそりをつなぐと、いっせいに空へ飛び立ちました。冬の北国は昼が短いので、空はすっかり夜の色。星がちかちかまたたいています。そのまま、北極の上空までひとっ飛び……。
すると、途中で別のサンタ村のサンタクロースたちと一緒になりました。
「おや、お宅もやっぱりこのプレゼントですか」
「おやおや、そちらもですか」
「これも時代の移り変わり。しかたありませんな」
そんな話をしながら、互いに苦笑いの顔を見せ合います。
北極の上空では、北極星と並んでもう一つ、大きな金色の星が輝いていました。
神様とサンタクロースたちだけが見ることの出きる『願い星』――世界中の人間たちの願いが集まってできた祈りの星です。
クリスマスが近くなると、星はますます大きく輝くようになって、北極の空にオーロラの虹をかけます。
サンタクロースたちは順番に星の下へそりを走らせると、乗せてあった空袋の口を開けて、ホーイ、と星に呼びかけました。すると、願い星から金の光が飛び出してきて、彗星のように袋の中に飛び込みます。サンタクロースは急いで袋の口をしばると、すぐさま世界中へ走っていきました。ある者はヨーロッパへ、ある者はアジアへ。アフリカへ、オセアニアへ、アメリカへ……
日本の上空にやってきたサンタクロースは、夜の街を見下ろしました。
クリスマスのイルミネーションに飾られた12月の街は、それはそれは美しい眺めです。街中から、クリスマスを心待ちにする想いがわき上がってきて、トナカイのそりを包み込んでいるようでした。
サンタクロースは思わず微笑みを浮かべると、白い袋の口をそっとほどきました。
中から、ホタルのような星の光が次々と飛び出してきて、尾を引きながら街へ落ちていきます。
街の人々は何も気づきません。
光はそのまま家々の屋根を突き抜けると、家の中で眠っている大人たちの枕元に落ちて、音もなく消えていきました。
消えた先は、大人たちの夢の中……。
サンタクロースが配った光は、「どうかクリスマスにプレゼントを下さい」という子どもたちの願いでした。
夢の中でその願いと出会った大人は、子供たちにプレゼントを贈りたくなるのです。親は自分の子どもに、祖父母は孫たちに。子どものいない大人たちでさえ、何かしら子どもたちにクリスマスのお祝いをしたくなります。
もちろん、願いを受け取る大人たちにもいろいろいますので、皆が皆、願いを聞き届けてくれるわけではありません。子どもの願い事に無頓着な大人には何の効果もありませんし、金銭的に苦しんでいる大人も、願いをかなえることは出来ません。
それでも、現代のサンタクロースたちは、こんなふうに、子どもたちの心を大人たちに届けて回るしかないのでした。
「サンタ代行、よろしく頼みますよ」
星の雨のように降っていく願いの光を見つめながら、サンタクロースはそうつぶやいていました。
こうしてまた、今年のクリスマス・イブにも、子どもたちの枕元にプレゼントが置かれます。
置いていくのは、サンタのふりをしたお父さんやお母さん。子どもの寝顔を眺め、明日の朝、子どもが大喜びする顔を想像しては、そっと微笑み合います。
子どもたちがサンタを信じていられるように、とお父さんたちが苦心するのは、夢の中でサンタクロース自身の「願い」まで受け取ったからなのかもしれません。
クリスマスがやってきます。 優しい季節が近づいてきます……。
。。。。。。Merry Christmas!。。。。。。