恐竜の祭り#3


 たくさんの恐竜たちの間を抜けて、ぼくたちは岩山の麓についた。
 どの恐竜も、嬉しそうな、すがるような目でぼくたちを見つめている。
 トリケラトプスはぼくたちを大きな椅子の形をした岩の上に下ろし、ぼくたちがそこに座るのを見届けると、また声を張り上げた。
「さあ、祭りだ! 恐竜の祭りの始まりだ!!」


 ブロントサウルスたちが、長い首を空へすっくと伸ばして、ボオォォォ・・・と地の底から響くような鳴き声を上げた。
 すると、近くにいたイグアノドンも声を合わせてギエェェェ・・・と鳴き出す。
 それにチラノサウルスがギアァ・・・と声を合わせ、次はステゴサウルスが、アロサウルスが、空からはプテラノドンが、と次々に鳴きだし、ついにはジャングル中をびりびりとふるわせるような、恐竜たちの大合唱になった。
 合唱に合わせて、ズシン、ズシンと足踏みも始まる。
 ズシン、と来るたびに地面が大揺れに揺れるので、ショウが岩の椅子から転げ落ちそうになって、あわててぼくにしがみついてきた。
「お、お祭り? これがお祭りなの?」
 ショウが青ざめた顔で尋ねてきた。
「た、たぶんね」
 そう答えたぼくの顔も、たぶん、青ざめていたと思う。とにかく、恐竜たちの祭りはすごい迫力だったのだ。砂煙がもうもうとまき上がり、岩が鳴り、ありとあらゆるものが震え始めているようだった。

 すると、ショウが突然岩山の頂を指さした。
「見て! 赤いよ!!」
 ショウの言うとおり、黒いガラスのような岩山の頂上が、ぼうっ、ぼうっと赤く光り始めていた。光は、恐竜たちの足踏みに合わせるように、どんどん明るさを増していく。
 ゥボオオォオォォォ・・・ウガアァアァアァァ・・・!!!!!
 恐竜たちの鳴き声に、黒い岩山がびりびりと鳴り出した。岩肌に無数の亀裂が走っていったと思うと・・・

 ガシャーーーーーーーーーーンッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!

 雷が落ちたような音がして、黒い岩山が目の前で崩れ落ちた。
 ガラスのような岩が、黒水晶に似たかけらになって地面に山になる。
 その後から現れたのは、見上げるような機械仕掛けの塔だった。

 岩山が崩れても、恐竜たちは鳴き止まなかった。ますます大きな声で空に吠え、足踏みを続けていた。
 そのたびに塔の先端の赤いランプが明るくなっていく。
 と、塔の中腹の一部がゆっくりと動き始めた。扉になっているように、四角い部分がスライドして、その下から小さな穴が現れる。
 その奥に金色のボタンが見えた。

 とたんに、ショウが飛び上がった。
「ボタンを押さなくちゃ! ぼくが押す!!」
「ちょっと待てったら。あんな高いところのボタン、ぼくたちに届くわけがないだろ」
 ぼくがショウを引き止めていると、一頭のブロントサウルスが頭を下げて、ぼくたちの目の前に首を伸ばしてきた。私に乗ってくださいな、と言っているのが分かった。
 ぼくたちはブロントサウルスの頭に飛び乗ると、しっかりとつかまった。
 ブロントサウルスは首長竜のの一種。首を伸ばすと10メートル近くにもなる。3階建てのビルくらいの高さだ。急スピードで上昇するエレベーターに乗っているみたいで、思わず頭がくらくらしてくる。
 だが、ブロントサウルスがしゃんと首を立てると、ぼくたちはちょうどボタンの真下まで来た。
 金のボタンがある穴が、下からよく見えた。ちょうど人間の指一本が入るのがやっとくらいの、小さな穴だ・・・。
 これを押すだけでいいのか?
 ぼくは、あまりの簡単さにあっけにとられてしまった。救い主が必要なほどのことだから、もっともっと難しいことをしなくちゃならないと思っていたのに。
 すると、突然、頭の中にトリケラトプスの声が響いてきた。
「そう、きっとそれを押すだけです。でも、ただそれだけのことが、我々恐竜にはできないのです・・・」
 恐竜たちがいっせいに哀しそうにうつむくのが見えた。みんな、自分の前足を眺めているんだ。鋭いかぎ爪やごつごつしたこぶのついた、ぶかっこうな自分たちの前足を・・・とても、ボタンの穴になんか入りそうにない太い太い指を・・・・・・。

 ぼくはきりっと唇を噛むと、ブロントサウルスの頭の上に立ち上がり、思い切り背伸びをして、穴の中のボタンを押そうとした。
 が、届かない。あと30センチというところで、ぼくの指は穴まで届かなかった。
 いくらジャンプしてもダメだった。塔をよじ登ろうにも足がかりがないから、つるつる滑り落ちてしまう。
 すると、ショウがぼくにすがりついて叫んだ。
「ぼくが押すよ!! ぼくに押させて!!」
「よし、ショウ、行け!」
 ぼくはすぐさまその場にしゃがみ込むと、ショウをぼくの肩に乗せた。そして、そのまま慎重に立ち上がり、肩車でショウを持ち上げた。
 ショウの小さな指が、ボタンの穴に届いた。
「押せ、ショウ!」
「うんっ」
 短い声と共に、ショウが金のボタンを思い切り押した。

 何も起こらなかった。
 しぃんとあたりが静まり返る。
 みんな、塔を見上げている。
 ショウがボタンを何度も押し直す。
 でも、やっぱり何も起こらない・・・・・・

 突然、塔の中から低いうなるような音が聞こえ始めた。
 ぼくたちのお腹の中に伝わってきて、胃や腸を揺り動かそうとするような、とても気味の悪い音だ。
 ショウがおびえた顔であわてて下りてきて、ぼくにしがみついた。
 ぼくもショウを抱きしめたまま、立ちすくんでいた。どうしたらいいのか分からなかった。

 すると、いきなり塔のあちこちが開いて、丸い穴がいくつも現れた。ボタンの穴に似ているけれど、その奥に金のボタンはない。ぼくたちが目を丸くしていると、その穴からいっせいに白い煙が吹き出してきた。
 煙・・・いや、霧だ。冷たい白い霧がたちまち充満して、あたりが見えなくなってくる。
 と、突然、ぼくたちが頭に乗っていたブロントサウルスが首を下げ始めた。まるでジェットコースターに乗っているような急降下が始まる。ぼくとショウはあわててブロントサウルスの頭にしがみついた。
 ベキッ、バキバキバキ・・・!!!
 木の枝や幹を折る音を響かせながら、ブロントサウルスの首がジャングルの中に落ちて、ぼくたちは茂みの中に放り出された。シダの大きな葉がクッションになったので怪我はなかったが、しばらくは目が回っていて立ち上がれなかった。
 ようやく立ち上がってブロントサウルスに近寄ってみると、目を半分閉じてぐったりしていた。
 ショウがおびえて、またしがみついてきた。
「恐竜、死んじゃったの・・・?」
 塔のまわりではたくさんの恐竜たちが地響きを立てながら次々と倒れて行くところだった。
 白い霧はどんどん塔から吹きだして、地上に降りそそいでくる。
 どうしよう、どうしよう。きっとぼくたちがへまをやらかしたんだ! 間違ったことをしちゃったに違いない!

 ぼくがあわてていると、突然頭の中にトリケラトプスの優しい声が響いてきた。
「いいえ、間違いじゃありません。これでいいんですよ、ありがとう」
 びっくりして振り向くと、そこには地面にうずくまるようにして倒れているトリケラトプスがいた。
 ぼくたちはかけよって、その大きな体にしがみついた。
「みんな、どうしちゃったの!? 大丈夫!? ねぇ、これでいいって、いったい・・・!??」
「あなたたちは、冷凍睡眠装置のスイッチを入れてくれたんですよ。これで私たちはまた長い眠りにつくことができます。次に目覚めたときは、今度こそ、ご主人のいる23世紀でしょう。本当に、どうもありがとう」
 トリケラトプスの声に合わせて、どうもありがとう、とたくさんの声がぼくたちに押し寄せてきた。何百頭もの恐竜たちが、地面に倒れたまま、ぼくたちのほうを見つめていた。嬉しそうな、満足そうな、眠たそうな目、目、目・・・・・・
 そして、彼らは次々にまぶたを閉じて、眠りに入っていった。

 「恐竜、眠ったの? 死んでないの?」
 ショウがぼくを見上げてきた。まだ少し不安そうな顔をしている。
「うん。死んじゃいない。あと250年たったら、目を覚まして、みんなのご主人に会うんだってさ」
 そう答えながら、ぼくは急速にまた別の不安に襲われていた。
 霧はどんどん濃くなって、あたり一面をおおいつくしている。ぼくたちの体はすっぽりと霧に包まれ、自分たちの足元さえ見えないくらいになってきた。もう、塔も恐竜たちも、何も見えない。見えるのは、ただ自分の体と、手をつないで立っているショウの姿だけだ。
 これからどうしたらいいんだろう? どうやったら、元の場所に帰れるんだろう? もしかしたら、もしかして、ぼくたちまでが冷凍睡眠されちゃうなんてことは・・・・・・
 トリケラトプスの優しい声はもう聞こえてこなかった。
 ショウがぼくにひしとしがみついてくる。
「お兄ちゃん、怖い・・・・・・」
 ぼくも悲鳴を上げたいくらい怖かったけれど、ぐっと奥歯を噛みしめると、堅くショウを抱きしめた。もうどうしていいか分からない。ただ分かるのは、ぼくがショウを守らなくちゃいけない、ってことだけだった。
 霧はますます濃く深くなっていく。まるで白い闇みたいだ。

 すると、ふわっとぼくたちの体が何かに持ち上げられたような気がした。
 暖かい、優しい風に包まれるような感じ。
 まるで・・・まるで、恐竜たちの優しいため息に運ばれているみたいな・・・・・・

 そして、あたりが明るくなった。


 ぼくは、おそるおそる目を開けた。
 いつの間にか目をつぶってしまっていたらしい。
 思った通り、そこは博物館の中庭だった。目の前に、柵に囲まれた黒い岩が立っている。
 恐竜たちが眠る前にぼくたちを送り届けてくれたんだ、とぼくは思った。
 どうやったのかは分からないけれど、とにかく、そうなのに違いなかった。

 ショウはまだ目を堅くつぶったまま、ぼくにしがみついていた。もう大丈夫だよ、と肩を揺すぶると、ショウは目を開けて、不思議そうにあたりをきょろきょろ見回した。
「恐竜は? どこに行ったの?」
 ぼくは足元の地面を指さして見せた。
「ここのずっと下の方で眠っているんだよ。誰にも邪魔されないように、深い深いところでね」

 その時、遠くからぼくたちを呼ぶ声が聞こえた。
 見ると、お父さんが建物から出てきて、こちらへかけてくるところだった。振り返って「ここにいたぞ!」と手を振っている。追いかけて出てきたのは、お母さんだった。
 そうだ。ぼくたちは迷子になったショウを探し回っていたんだ。

 お母さーん! とショウが走りだそうとするのを、ぼくは腕をつかんで引き戻した。
「いいか、ショウ。恐竜のことは、お父さんとお母さんには内緒だぞ」
「ないしょ・・・?」
 不思議そうにショウが見返してくる。
「うん、内緒だ。お父さんとお母さんなら信じてくれるかもしれないけどさ、他の人たちに言ったって、誰も恐竜のことなんて信じてくれないんだから。それに、恐竜たちだって、ご主人に会えるときまで、静かに眠っていたいに決まっている。だから、内緒だ。誰にも言っちゃダメだぞ」
「わかった」
 ショウがうなずいて、ぱっとかけだした。
 もうすぐそばまで来ていたお母さんに飛びついて、叫ぶ。
「お母さん、お母さん! ぼくね、がんばったよ!」
 あっ、ショウの馬鹿! 秘密だって言ったばかりなのに・・・!
 案の定、お母さんが聞き返してきた。
「あら、何をがんばったの?」
「ないしょをね、がんばった!」
 ぼくは思わず吹き出しそうになるのを、やっとのことで我慢した。
 お父さんとお母さんが、不思議そうにぼくの顔を見てくる。ショウは何を言っているんだい、と聞きたいんだ。
「さあ? ぼくにもわからないよ」
 と、わざとらしく肩をすくめてみせると、お父さんたちもそれで聞くのを諦めたようだった。

 ぼくは空を見上げた。
 青空の中で太陽が輝いている。
 作り物なんかじゃない、本物の空と太陽だ。
 あと250年したら、恐竜たちもこの本物の空を見るんだろうな、とぼくは考えた。
 ぼくたちはその日まで生きていることはできないけれど、でも、ショウもぼくも君たちのことはずっと秘密にしておくよ。
 だから、安心しておやすみ、恐竜たち。
 君たちのご主人に会える、その日まで。
 ぼくは心の中でそう話しかけると、お父さんやお母さん、ショウの後を追って歩き出した。
 「おやすみ」
 遠い遠い地の底から、恐竜たちがそう答えたような気がした。

THE END




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