フルートの冒険・外伝31 〜未来〜

By 朝倉玲



(Since 2017/1/27)

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Photograph form Ashinari


「フルート外伝31・未来」


 ロムド城の中庭に面したベランダで、フルートは手すりにもたれて遠くを見ていました。
 もう十一月も末ですが、小春日和の日差しが降り注いでいるので、外に出ていても寒さはほとんど感じません。フルートは普段着に上着をはおっただけの格好で、もう三十分近くもそこにたたずんでいました。
 すると、城の中からベランダに出てきた人物がいました。灰色の長衣を着て灰色のフードをまぶかにかぶった、長身の男性です。
 フルートは気配に振り向くと、ちょっと頭を下げました。
「ユギルさん」
「何をご覧でしたか、勇者殿?」
 とロムド城の一番占者が尋ねてきました。話しながらフードを脱いだので、輝く長い銀髪と整った浅黒い顔が現れます。
 フルートは視線を外に戻しました。
「工事の様子を眺めていました。それと周囲の様子も」
 視線の先では、セイロスの攻撃で破壊された城の修理が進められていました。壊れた建物に足場が組まれて、大勢の職人が壁や屋根を造り直しています。職人の間には魔法使いたちの姿も見えていました。敵からの攻撃を防ぐために、建物に守りの魔法を組み込んでいるのです。
 ユギルもフルートと並んでそれを眺めました。
「冬になって雪が降り出す前に完成させようと、職人たちは大変急いでおります。もちろん急ぐ理由はそれだけではございませんが」
 フルートはうなずきました。
「昨日、オリバンたちから聞かされました。イシアード国王の城に裏竜仙境の元住人が招かれたそうですね。裏竜仙境の人たちは飛竜のすばらしい使い手です。ディーラを襲った飛竜の大半はセイロスが連れ去ったというし、セイロスがまた飛竜を使うつもりでいるのは間違いないと思います。修理を急いで守りを固めないと、ディーラはまたセイロスにやられてしまいます――」
 そこまで話して、フルートは急に口をつぐみました。その目は修理中の建物を超えて、遠い空の彼方を眺めています。

 ユギルはしばらく話の続きを待っていましたが、フルートがいっこうに話し出さないので、自分から切り出しました。
「闇大陸から戻られてから、勇者殿はずっと悩んでおいででございますね。相談することができない悩み事でございますか?」
 フルートは我に返ったように振り向きました。
「悩んでいる? ぼくがですか?」
「そのようにお見受けしますが」
 銀髪の占者はフルートより十以上も年上だというのに、非常に丁寧な口調で話しかけてきます。
 フルートは首を振りました。
「悩んでいるわけではないんです……。もちろん、セイロスがいつどこから襲撃してくるのかは、頭の痛い心配事ですが、この城にはユギルさんがいらっしゃるし、アリアンや魔法使いたちだっていつも油断なく周りを見張っている。不意を突かれて襲撃されるようなことはないだろうと思ってます」
「ですが、一昨日、勇者殿たちが闇大陸から城へ戻っておいでになってから、勇者殿が考え込む姿をしばしば拝見しております。セイロスの襲撃を心配しておいでではないとしたら、闇大陸のパルバンで知ったという真実が、勇者殿を悩ませているのでございましょうか?」
 青と金の色違いの目が見透かすようにのぞき込んできたので、フルートは苦笑いしました。占者から目をそらして、また空の彼方を眺めます。
「本当に、悩んでいるわけじゃないんです。ただ、確かに考えてはいます。ぼくたちはセイロスを倒す手がかりになると思って竜の宝を探し続けてきましたが、竜の宝はパルバンですでに消滅していたし、セイロスを倒すための手がかりも見つかりませんでした。どうやったら奴を倒せるのか、まだ全然思いつかないんです」
 話には嘘が混じっていましたが、フルートは平然と言ってのけました。相手がユギルであっても知られるわけにはいかない真実だったのです。
「竜の宝がどのようなものであったかお聞かせいただければ、わたくしたちにも手助けが思いつくのかもしれないのですが。そうはいかないところが悩ましゅうございます」
 とユギルが言うと、フルートは急に険しい顔になりました。
「ぼくたちがパルバンで見てきたことは誰にも話せないんです! ぼくたちが消えてしまいますから!」
 強く拒絶されて占者は首を振りました。
「無論それを無理に聞き出すようなことはいたしません。勇者殿たちは誰にとっても大切な存在でいらっしゃいます。消えてしまわれるなど、とんでもないことでございます」
 フルートはすぐに穏やかな態度に戻ると、すみません、と謝りました。その後はまた空の彼方を眺めます。実はそこに天空の国が見えていたのです。空に浮かぶ岩盤は、大勢の魔法使いが住む街や村を乗せて、巨大な船のように空を滑っていました。そこにはポポロの両親もいます。
「君に話して聞かせたいことがあるんだ、フルート。ポポロやルルやゼンたちを連れて会いに来てくれ。ぼくたちは家で待っているから」
 パルバンで真実を知った後、意識だけの世界の中で、ポポロの父親はフルートにそう言いました。十五年あまりもの間、真実をひた隠しにしてきたのはポポロの両親です。フルートとしても会って聞きたいことはたくさんありましたが、セイロスがいつ飛竜と攻めてくるかわからない状況なので、今は行くことができません――。

 すると、城の中からそのポポロが出てきました。フルートを探しにきたのですが、ベランダにユギルもいたので、驚いたように立ち止まりました。
「ご、ごめんなさい。お話中でしたか……?」
「いいえ、大丈夫でございますよ」
 とユギルが答えると、フルートも落ち着き払って言いました。
「景色を見ていただけなんだ。なに?」
 ポポロは空の彼方に天空の国を認めると、納得したようにうなずいてから言いました。
「オリバンとセシルが内輪の作戦会議を開こうって言ってるのよ。セイロスがどこからどうやって攻めてくるか、本当の作戦会議の前に考えてみようって。ゼンたちはもうオリバンの部屋に向かったし、キースとアリアンも加わるらしいわ。フルートにも早く来てほしいって……」
「わかった。行こう」
 とフルートは答えると、ユギルに一礼してから城の中へ戻っていきました。歩きながらポポロの肩に腕を回して抱き寄せたので、ポポロは驚いて真っ赤になりました。ユギルの目の前でそんなことをするとは、フルートにしては大胆な行動です。


 少年と少女が行ってしまっても、ユギルはベランダに留まっていました。間もなくベランダに近い部屋の扉が開いて、中からロムド王とリーンズ宰相が出てきます。
 二人はすぐにベランダにやってきました。
「どうだ、ユギル、何かわかったか?」
「勇者殿は何をあのように悩んでいらっしゃるのでしょう?」
 ユギルは何かを追いかけるようにフルートの去ったほうを眺めていました。
「勇者殿自身がおっしゃっていたように、悩んでいるのとは少し違うようでございますね。あれこれ深く考えていらっしゃる、というのが正しいかと存じます」
 それを聞いて、ロムド王は少し安心した顔になりました。
「そうか。闇大陸から戻ってから勇者たちの様子がおかしいように感じたので、ユギルに見てもらったのだが、わしの取り越し苦労であったか。勇者たちは闇大陸で二千年前の大決戦を目にしてきたと言うし、そのことを我々に語ることもできなくなっている。それらがフルートの心にのしかかっているのかもしれぬな」
「それに、デビルドラゴンを倒す切り札になるかもしれないと思っていた竜の宝も、すでに消滅していたと言いますし。この先、どうやって戦うべきか、途方に暮れていらっしゃるのかもしれませんね」
 とリーンズ宰相も言います。
 すると、ユギルがまたフルートの去ったほうを見て言いました。
「わたくしには勇者殿が考えていらっしゃる内容まで知ることはできません。ただ、勇者殿の守ろうとするお気持ちが強くなっていることは、はっきりと感じることができます。勇者殿の象徴である金の光が、今まで以上に強く明るく輝いておいでなのです」
「守りの勇者が、今まで以上に守りの気持ちを強くしているか。いよいよ決戦のときが近づいているということだな。急がねばならぬ」
 とロムド王は言って、修復中の城を眺めました。空の彼方には天空の国がまだ浮かんでいましたが、王には見ることができません。

 そこへ城の中から宰相を呼ぶ声がしました。通路に伝令係が控えています。
 宰相は城の中に入り、伝令から受け取った書状に目を通すと、ベランダへ引き返してきました。その顔がひどく困惑しているように見えたので、ロムド王は驚きました。
「何事だ、リーンズ? 悪い知らせか?」
「いえ、国の大事に関わるようなことではございません。敵に関する動きでもございません。ですが……」
 宰相は何故かユギルの顔を見て口ごもりました。はっきりしないその態度に、王はますますいぶかります。
 すると、ユギルが言いました。
「わたくしに関する悪い知らせなのでございますね? わたくしの母が亡くなりましたか」
「何故それを――!」
 と宰相は言いかけて、はっと口をつぐみました。それ以上は何も言わずに、書状をロムド王へ手渡します。
 王は書状を読んでから、改めてユギルを見ました。気の毒そうな口調になって言います。
「わしはそなたの母に見張りをつけたのだ。その見張りからの報告なのだが、そなたも読むか?」
 占者は首を横に振りました。王や宰相が意外に思うほど静かな声で話し出します。
「あの人がこの運命をたどることは、あの人が城に現れて、わたしくしから金を受け取っていったときから、わかっておりました。わたくしがあの人に支払ったのは金貨十五枚。あの人が子どもだったわたくしを見ず知らずの貴族に売り渡した際の金額です。わたくしは自分で自分を買い戻し、その瞬間にあの人とわたくしをつなぐものがすべて切れました。あの人はわたくしからもっと金を巻き上げるつもりでおりましたが、そうならないことは、わたくしには見えていたのでございます」
「ユギル殿の母君は、ディーラにセイロスが攻めてくるというので、すぐにディーラから避難したようでございます」
 とリーンズ宰相が書状の内容を話し出しました。
「その後、ディーラに近い宿場町を転々としながら、ユギル殿にまた会う機会をうかがっていたようですが、大金が手に入るというので気が大きくなったのでしょう。自分は金貨二百枚も稼いだ大金持ちだと言っていたのを、強盗に聞きつけられたようです。夜更けに路地裏で襲われて、悲鳴に見張りが駆けつけたときにはもう事切れていたそうです」
「ユギルの母君にはサータマン王の護衛がついていたはずだが、それも間に合わなかったのか」
 とロムド王が言うと、ユギルはまた首を振りました。
「わたくしの母が現れて、わたくしの素性を明らかにしても、陛下は変わらずわたくしを信頼し続けてくださいました。計画の失敗を知ったサータマン王は、護衛を命じた部下を国に引き上げさせたのです。その状況であの人は金遣いの荒い派手な言動をしたのですから、こうなるのは当然の結果でございました。あの人は金貨十五枚と共に、身の破滅という未来を受け取ったのです。ですが、それもあの人が自分で選び取ったもの。陛下たちが気にされることではございません」
 ユギルの声は冷ややかでした。乾ききった砂漠を吹く風の音にも似ていて、王と宰相の背筋をうすら寒くさせます――。

 けれども、ユギルはすぐに口調を変えました。考えるような調子になって話し続けます。
「この世の大部分の人に起きることであれば、占盤に問えば見えてまいります。たいがいの出来事は原因に結果が強く結びついているので、それをたんねんにたどっていけば未来の姿につながるからです。占盤はそれを象徴の姿でわたくしに示します。ところが、勇者殿たちに関することだけは、それができません。象徴は見えているのに、勇者殿たちがこれからどう行動して、どんな未来を呼び寄せるのか、占盤もわたくしも読み解くことができないのです。まるで勇者殿たちが自分の手で未来への扉を開いていくようだ、と常々感じております」
「勇者たちを占えなくて悔しいか?」
 とロムド王が聞き返すと、城の一番占者は苦笑しました。
「多少は――。ですが、それ以上に、勇者殿たちはこれから何をされるのだろう、と楽しみに思っている自分がおります。勇者殿たちの未来は読めませんが、きっと皆に希望と平和をもたらしくれるに違いないと、わたくしは信じているのでございます」
 王と宰相はうなずきました。彼らもまったく同じ気持ちでいたのです。

 ロムド王ははおっていたマントをひるがえして歩き出しました。
「執務室に戻るぞ、リーンズ、ユギル。勇者たちは勇敢に未来を開こうとしている。わしたちも、我々にできることをしなくてはならん」
「御意」
 宰相と占者は深く頭を下げると、王の後を追ってベランダから城の中へと戻っていきました――。




(2017年1月27日)





素材提供 STAR DUST