フルートの冒険・外伝26 〜答え〜

By 朝倉玲



(Since 2014/3/26)

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Photograph form Ashinari


 「持って行くのはナイフと山刀と縄と食料と水筒と鍋と防水布と砥石(といし)と……おっと、塩も忘れるわけにはいかないぞ。香草入りの塩がいいかな」
 洞窟の地下にある家の中でゼンが荷造りする様子を、横でフルートが眺めていました。鎧兜を脱いで普段着姿になったフルートは、人間にしては小柄で細身で、顔もまるで女の子のようでした。ゼンが厳選した物を袋に詰めていく様子に、感心したようにこう言います。
「それだけですんじゃうんだ。身軽だね」
 当然のようなことに感心されたので、ゼンは逆に驚きました。
「猟に出るときには余計な物は持ち歩かないってのが、俺たちドワーフ猟師の決まりだからな。でも、これでもいつもより荷物は多いんだぜ。じいちゃんたちから胸当てや新しい弓矢ももらったしな」
 ゼンが洞窟のドワーフたちからもらった防具や武器は、部屋の岩壁の前にひとかたまりにして置いてありました。細かい細工が施された鋼の胸当てと丸い小さな盾、ショートソードと頑丈な弓。革でできた矢筒には木製の矢と鋼の矢が入っています。これから旅に出るゼンを守ってくれる道具たちです。
 ゼンは立ち上がると、今度は岩をくりぬいて作った棚を引っかき回し始めました。
「あとは薬草が必要だよな。何を持って行くかな……」
「たいていの病気や怪我ならぼくが治せるよ。これがあるんだから」
 とフルートが首にかかった金のペンダントを掲げてみせたので、ゼンは振り向いてうなずきました。
「それもそうだな。じゃあ薬草は最低限でいいか。おまえ、自分の食器を持ってるか? ない? じゃあ、これを自分の荷物に入れとけよ」
 ゼンが木の器とスプーンを投げると、フルートはあわてて受け止めて、急に笑い出しました。
「なんだよ?」
 とゼンが不思議に思ってまた振り向くと、ううん、とフルートが首を振り返します。
「なんだか楽しいなぁ、って思っちゃったんだよ。これから邪悪な黒い霧を追い払う旅に出るっていうのに、学校の遠足に行く時みたいに、わくわくしてるんだ。……本当はきっと、ものすごく危険な旅になるはずなのにね」
 フルートがひどくすまなそうな声になったので、ゼンはあきれました。
「それがどうした? 俺もわくわくしてるぜ。だって面白そうじゃないか。大人たちにもどうにもできない黒い霧を、俺たちが追っ払おうっていうんだからな。何が起きるのか、今から楽しみでしょうがないぜ」
 ゼンが笑うとフルートもつられたように笑いました。心配そうだった顔がやっと明るくなります。

 すると、隣の部屋からゼンの父親が入ってきました。さっとゼンの荷物を眺めてから言います。
「水筒と携帯食料と縄は必ず腰の荷袋に入れておけ。ナイフはベルトだ。それだけあれば、荷物をなくしてもなんとかなる」
 ぶっきらぼうな言い方ですが、しごくもっともな指摘だったので、ゼンはすぐに縄や水筒を腰の荷袋へ移し、ナイフも腰のベルトに差しました。
 その間に父親は彼らの前に座りました。あぐらをかき、少年たちを見比べてまた言います。
「おまえたちは明日、北の峰を出発する。だから、おまえたちにドワーフの古いことわざをひとつ教えてやる。『すべての答えは自分の中にある』というものだ」
 ゼンとフルートは目を丸くしました。とても哲学的な感じのことわざで、意味がよくわかりません。
「答えって、なんの答えだよ、親父?」
 とゼンが聞き返すと、父親は話し続けました。
「おまえたちがこれから出会う、なんでもかんでもの答えだ。特に、ゼンはこれから初めて北の峰の外に出ていく。人間にも数多く出会うだろうし、エルフやノームのような他の種族にも会うだろう。気にくわない連中にも、嬉しくない状況にも、数え切れないくらい出会うはずだ。そういうときには、相手をどうにかしようとしないで、まず自分をなんとかしろ、ということだ」
 ゼンは納得がいかなくて口を尖らせました。
「どうしてだよ? 悪いヤツに会ったら、やっつけてなんとかするのが本当じゃないか!」
「それが本当に悪い奴だったらな……。だが、世界ってのはそれほど単純じゃない。たとえば人間にだって、おまえには気にくわない相手でも、フルートにはそうじゃない奴がきっといるだろう。だとしたら、それはそいつの問題じゃなくて、おまえ自身の問題だ。おまえの中の何かが、そいつを許せないんだろうからな」

 ゼンはまた目を丸くしました。少し考えてから首をひねります。
「よくわからないぜ。つまり、どういうことなんだよ?」
「相変わらず、こういう話は苦手だな、ゼン」
 と父親は苦笑すると、話をぐっと具体的にしました。
「山に猟に入ったときのことを考えてみろ。獲物を探してさんざん歩き回って、ようやく鹿を見つけた。慎重に近づいていって弓矢を構えたのに、ちょうどそのとき風向きが変わったものだから、鹿に気づかれて逃げられてしまった。そんなとき、おまえはどう思う? この野郎、よくも風向きが変わったな、と風を恨むか?」
 ゼンは目をぱちくりさせました。
「そんなもん恨んだって、しょうがないだろう。相手は風なんだからよ。鹿に逃げられたのは、風が変わることを読み切れなかった自分のせいだ」
「そうだ。鹿に逃げられて悔しかったら、次は風を読んで鹿に近づけばいい。要するに自分自身の問題だってことだ。だがな、相手が人になると、こういう割り切りは難しくなる。自分がうまくいかないのは、あいつがああしたせいだ、こう言ったからだ、あれをしてくれなかったからだ……そんなふうに、他の奴のせいにしたくなるんだ。ひょっとすると、友達のはずのフルートにまで、そんなふうに不満を持つようになるかもしれん。そんなときには、ことわざを思い出せ。すべての答えは自分のほうにあるんだからな。それを忘れずにいれば、おまえたちは最後まで本物の友達でいられるだろう」
 ゼンはまた口を尖らせてしまいました。父親の話は半分くらい理解できたのですが、最後の一言が気にくわなかったのです。
「なんだよ、それ? 俺とフルートがそのうち仲違いするみたいなこと言うなよ! 俺たちはいつまでもずっと本物の友達だぞ!」
 むきになってそう言うと、フルートの肩をぐいと抱き寄せます――。


 とたんに、ゼンはベッドの中で目を覚ましました。
 まだ夜が明けていないので、あたりは真っ暗ですが、夜目の利くゼンには部屋の中の様子がよくわかります。横を向けば、隣のベッドでフルートが寝息を立てていました。小柄な少年ではなく、身長が伸び顔つきも少しずつ男らしくなってきた十六歳のフルートです。
 なんだ、夢か……とゼンは考えました。四年半も前の、ゼンがフルートと初めての冒険に出かけるときのことを、夢に見ていたのです。ずいぶん鮮やかな夢でした。父親が自分たちに言い聞かせた声が、まだ耳の底にはっきり残っています。
「すべての答えは自分の中にある、か」
 とゼンは小さな声で繰り返しました。あの日には意味がよくわからなかったドワーフのことわざですが、どうして父がそんなことを言って聞かせたのか、今ならなんとなく理解できる気がします。
「親父は俺が人間の世界で大暴れするのを心配してたんだろうな……。人間のやり方が気に入らねえ、って言ってよ」
 なにしろ素手で熊も殴り殺せるゼンです。怒って暴れ出したら、どれほどの被害が出るか知れないのですから、父親が心配するのは当然でした。実際に激怒して、フルートたちに止めてもらったことも、何度もあります。
 ゼンは苦笑してベッドの上に起き上がりました。眠気は覚めていました。毛布の下であぐらを組んで頬杖をつくと、隣のベッドのフルートを眺めます。
 ゼンがひとりごとを言っても、フルートは目を覚ましませんでした。ベッドの下のポチもぐっすり眠っています。
「だよなぁ……こいつのせいじゃなくて、俺のほうの問題なんだ」
 とゼンはまたつぶやきました。今度は日中のやりとりを思い出したのです。
「セイロスの中にはまだ人間の心がある」
 とフルートは仲間たちに言いました。
「それなら、ぼくはそれをよみがえらせたい。セイロスを人間に戻してやりたいんだ」
 と。
 そんなことができるはずはない、甘すぎるぞ、とゼンたちがどんなに説得しても、フルートは自分の考えを曲げようとはしませんでした。こうと決めたらとことん自分の考えを貫く頑固さは、何年たっても変わりません。
 フルートがあまり言うことを聞かないので、ゼンはすっかり腹を立て、こんな石頭野郎はもう知るもんか! と怒りながらふて寝してしまったのです。

 ふぅ、とゼンは溜息をつきました。フルートの寝顔を見つめながらまたつぶやきます。
「結局、こいつも風ってことか。風が俺の思い通りに吹かなくたって、風に文句を言うわけにはいかねえんだよな――」
 とにかく頑固で底抜けにお人好しのフルートです。そんな性格はどうしたって変わることはないのでしょう。だとしたら、変わらなくてはいけないのは自分だということです。
 ゼンは頬杖をつきながら、ひとりごとを言い続けました。
「セイロスを闇から引き戻せるかどうかは、やってみなくちゃわかんねえ。あいつが救いようのねえ本物の悪党で、世界中をめちゃくちゃに破壊しようとするってことだって、充分考えられるからな。そうなりゃフルートは体を張ってそれを止めようとするだろう。こいつはそういう奴なんだから――。その時には、俺だって体を張ってフルートを守ってやる。絶対にこいつは死なせねえ。それが俺の答えだ」
 ふいにフルートが動きしました。軽く寝返りを打つと、また規則正しい寝息をたて始めます。
 フルートが目を覚ましたのかと思って身構えたゼンは、苦笑いして肩の力を抜きました。とたんに自分もまた眠くなってきて、ごろりと仰向けになります。
 ゆっくりと訪れてきた眠りに朦朧(もうろう)としながら、ゼンはさっき夢に見た場面の続きを思い出していました。
 すべての答えは自分のほうにあるんだ、と言った父親に、ゼンはこう聞き返したのです。
「なあ、親父、そう言ったって、中には俺一人ではどうにもならないことだってあるはずだろう? 俺がどんなにがんばったってさ。そういうときにはどうしたらいいんだよ?」
 すると、父親は急に笑いました。
「簡単なことだ。自分一人ではどうにもならないと思ったら、仲間を集めろ。一人では狩れない大熊や大猪(おおいのしし)でも、仲間がいれば捕まえられるからな」
「ちぇ、フルートは猪かよ?」
 夢うつつの中でゼンは父親に言い返しました。本当に声に出して言ってしまったかもしれません。思い出の中の父親は、いかついひげ面に愉快そうな表情を浮かべているだけです。
「仲間ならいるさ。あいつの周りに大勢な――」
 そう言いながら、ゼンはまた眠りに落ちていきました。





(2014年3月26日)



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 ley@nifty.com 朝倉玲(あさくられい)
素材提供 STAR DUST