フルートの冒険・外伝20 〜企み〜

By 朝倉玲



(Since 2011/12/20)

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 その地にそびえる山々は、すべて頂上が平らになっていました。
 まるで巨人のテーブルがいくつも地上に並べられているようです――。

 その頂上のひとつで、一人の小男が動き回っていました。
 つややかな黒い肌に縮れた短い黒髪、青と黄色の縞模様の長衣を着て、手にした輪をあちらこちらへ振っては、ひとりごとを言っています。
「それいけ、やれいけ、大地の魔法。もうじきここを金の石の勇者の軍勢が通る。あいつに俺の術は見破れない。勇者を罠に捕まえてやれ」
 ヒヒヒヒ、と男は笑い声を洩らしました。鷹(たか)のような銀の目をした男です。銀の輪を振り回すたびに、ちりばめられた三色の石がきらきらと怪しく光ります。

 すると、むき出しになった山頂の岩場が、突然音を立てて破裂しました。岩のかけらや砂埃を噴き上げながら次々に爆発して、岩場に溝を作っていきます。
 黒い男は輪を振るのをやめて、それを眺めました。男の鷹の目は空の高い場所から山頂を見下ろすことができます。溝は山頂を蛇のようにくねりながら、ひとつの絵を描いていました。巨大な体、長い首、牙の生えた頭と爪の生えた脚、背中には大きな四枚の翼……。
 巨大な竜の地上絵ができあがると、男はその前に立ちました。満足そうに見渡してから、またひとりごとを言います。
「あいつらの敵は竜の親方様。親方様の絵があれば、必ず調べにやって来る。敵の砦か親方様の秘密が、ここに隠されているんじゃないかと考えてな。連中が調べ始めたら、次の仕掛けが動き出す。魔法の門が立ち上がるんだ」
 ヒヒヒ、と男はまた笑いました。その背後に高い門が姿を現していきます。黒い二本の円柱が空に向かって伸び、左右から弧を描きながら近づいていって、頭上でひとつにつながります。
 男は門の中へひらひらと黒い手を振りました。
「この門を勇者がくぐれば、勇者は自分に関係することを思い出せなくなる。そうすれば、自分が守りの勇者だってことも、自分が何かを守ろうとしていたことも、すっかり忘れてしまうんだ。だから、これの名前はマモリワスレの門。守りの勇者をこの世から消すための門なのさ」
 そして、男はぴょんぴょんと踊り回るようなしぐさを始めました。一見でたらめに飛び跳ねているように見えますが、その足跡が地面の砂の上に絵を描いていました。男が手にしている輪によく似た模様です。やがて、それが光を放ち、魔法陣のような円陣に変わります。
 円陣が完成すると、男は踊るのをやめて立ち止まりました。
「門を見たら、勇者は用心するだろう……それはわかっているさ……」
 とまた話し出します。激しく飛び回っていたので、息を弾ませています。
「だから、もうひとつ、罠をしかける……。まずは、勇者の仲間を、ここに捕まえる。奴は守りの勇者だ。必ず仲間を守ろうとして、門の中に飛び込んでくる。勇者はマモリワスレの術に自分から囚われるのさ――」
 ヒヒヒヒヒ、と笑い声が続きます。

 すると、突然頭の上から声が降ってきました。
「そんなことはさせるものか! 邪悪な魔法使いめ!」
 それはまだ若い男の声でした。見上げた黒男の目に、白いペガサスにまたがった戦士の姿が飛び込んできます。戦士は銀の鎧の上に赤い胸当てをつけ、肩まで届く赤褐色の髪をしていました。誰だ!? と魔法使いに聞かれると、凛(りん)とした声で答えます。
「私は光の軍団の一番隊長だ! セイロス様をはめようとするおまえの悪だくみは、私がすべて聞いた! セイロス様はそんな罠ににはかからないぞ!」
「光の軍団の――! そうか、おまえは金の石の勇者の仲間か! 俺様の邪魔はさせん! これでもくらえ!」
 黒男が手にした輪を戦士に向けたとたん、そこから鋭い石のかけらが飛び出してきました。戦士とペガサスの体を撃ち抜いて、蜂の巣にしようとします。
 けれども、ペガサスはひらりと石から身をかわすと、空中を蹴って急降下しました。戦士が腰の武器に手をかけます。
 黒男は今度は輪から大きな鷹を出しました。鷹が正面から襲ってきたので、ペガサスがまた身をかわします。
 戦士は武器を引き抜きました。黒い鞘と柄に赤い宝石がはめ込まれた大剣です。向きを変えて襲ってきた鷹へ切りつけると、翼の先の羽根が何枚も宙に舞いました。次の瞬間、羽根が火を吹いて燃え上がります。
 なに!? と驚いた黒男へ、赤褐色の髪の戦士が言いました。
「これは火の力を持つ魔剣! 悪しきものを焼き尽くして浄化するのだ!」
 戦士が剣をまた振りかざし、勢いよく振り下ろすと、その切っ先から炎の塊が飛び出しました。うなりながら空を飛び、鷹にぶつかって呑み込んでしまいます。鷹は鋭い鳴き声を上げると、燃えながら落ちていきました。地上に着く頃には燃え尽きて、灰も残りません。

 戦士は羽ばたくペガサスの上でまた剣を振り上げました。今度は地上の黒男目がけて振り下ろそうとします。
 ひょお、と男は声を上げました。たちまちその姿が見えなくなってしまいます。
 戦士は山の頂上を見回しました。たった今までそびえていた黒い門や、その奥の円陣も、男と共に消え、岩場には四枚翼の竜の絵が残っているだけです。戦士は舌打ちをしました。
「姿を消したか……。奴はムヴア族の魔法使いだ。我々にムヴアの術を見破ることはできない」
 すると、彼を乗せていたペガサスがそれに答えました。
「闇の竜の動きを張っていて正解だったな、ロズキ。奴が闇の軍団を離れて南大陸へ飛んだのを見て、何か企んでいるのだろう、と考えたおまえの読みは正しかったのだ。皆に知らせよう」
 ロズキと呼ばれた戦士はうなずきました。
「そうだな。この罠は光の魔法では見抜けないし解除することもできないが、ここに近づきさえしなければ、引っかかる心配はない。セイロス様はシュンの国へ協力を求めるために、軍勢と共にこちらへ向かっている。急いでお知らせして、別の場所を通るように進言しよう」
 そこでペガサスは翼を打ち合わせました。戦士を乗せたまま、西の方角へ飛び去ります。

 その姿が空の彼方へ遠ざかり、やがて点になって見えなくなると、テーブルのような山頂にまた黒男が姿を現しました。岩場の竜の絵を見回しながら、不安そうにつぶやきます。
「これはどういうことだ……? これからどうなる? 俺様が全身全霊をかけて作り上げたこの罠は……?」
 すると、いきなり雷鳴のような音が響き渡り、巨大な怪物が空に現れました。黒いうろこを全身で光らせた竜です。四枚の翼を打ち合わせるたびに、ばっさばっさと大きな音が響きます。
 黒男は山頂の中央へ走ると、竜を見上げて言いました。
「闇の竜の親方……! マモリワスレの門はたった今、完成した! それを確かめにやってきたのか?」
「今、コチラデ光ノ気配ガ動イタ気ガシタ。光ノ軍団ノ連中ガ勘ヅイタノカモシレナイ。確カメニヤッテキタノダ」
 と竜は答えました。山の上空に浮いているのに、声は何故か深い地の底から響いてくるように聞こえます。
 黒男は白い歯をむき出して笑い顔を作ると、必死に頭を振って言いました。
「光の敵なんぞ来ているもんか! ただうるさい鳥が一羽やってきたんで、追い払っただけだ。俺の術は連中には見破れない。俺の罠は必ず金の石の勇者を捕まえるぞ!」
「ソレヲ期待シテ、オマエヲ仲間ニ引キ入レタノダ。……本当ニ、光ノ敵ハココニ来ナカッタノダナ? ソレナラバ、オマエノ罠ハキットウマク働クダロウ。金ノ石ノ勇者ガ、コノ世界カラ失ワレル」
「無論だとも! 俺に任せろ! 俺がこの身と命のすべてをかけて作り上げた罠なんだ。絶対に、勇者を捕らえてみせるからな!」
「オマエノソノ想イハ、何者ニモ動カサレナイホド強イ。強イ一念ハコノ世ニ定メヲ生ム。コノママ、ココデ待チ伏セルガイイ、鷹ノ目。オマエハキット、勇者ヲ捕ラエルダロウ」
 闇の竜はそう言って、そのまま空から消えていきました。大きな黒い姿が青空の中に見えなくなっていきます。

 黒男は、ほっとしたように息を吐き、また山頂を見渡して言いました。
「そうとも。俺様はきっと勇者を捕まえてみせる。俺様の罠は完璧なんだ。何があっても、失敗などありえないぞ」
 ヒヒヒ、と男はまた笑うと、かたわらの地面に腰を下ろしました。あぐらを組み、竜の地上絵を見ながら言い続けます。
「それこい、やれこい、金の石の勇者。俺様の罠が待っているぞ。マモリワスレの術に、おまえを見事はめてやる――」
 歌うようにつぶやくと、膝の上に両肘をのせて、身を乗り出します。そのまなざしは、獲物を狙う鷹の瞳でした。銀に光りながら、山頂を見張り続けます。

 やがて、はるか北の空を、空飛ぶ生き物に乗った光の軍勢が駆け抜けていきました。金の石の勇者セイロスを先頭に、東へと飛び去っていきます。戦士とペガサスが罠の存在を知らせたので、テーブルのような山頂には近づくことさえしません。
 けれども、黒男はその事実を知りませんでした。風も鳥も、彼をひどく怖がっていたので、世の中の動きを教えてくれなかったのです。東の国で光と闇の軍勢が激突して大乱戦を繰り広げ、金の石の勇者セイロスが失われ、闇の竜が世界の果てに幽閉されても、それでも男は何も知らずにいました。地面の上に座ったまま、自分の罠に獲物がかかるのを待ち続けます。
「マーモリワスレ、マモリワスレ……お台の山には宝の門。早く来い来い、守りの勇者。俺様の罠がおまえを食ってやる……」
 山頂からは時折、男の歌う声が聞こえていましたが、やがて、いつの間にかそれも聞こえなくなり、山頂は緑の植物におおわれていきました。四枚翼の竜の絵も、植物の下に見えなくなっていきます。

 そうして、二千年の時が過ぎ去りました――。

(To be continued on "Flute17")




(2011年12月20日)





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素材提供 STAR DUST