フルートの冒険・外伝3 〜弟〜
By 朝倉玲



(Since 2010/7/31)

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Illustratede by Sayuta


 学校が終わった後、フルートは町の大通りを家に向かって歩いていました。赤いレンガを敷き詰めた東の街道です。人通りは多いのですが、大半は町を通り抜けて別の場所へ向かう旅人たちでした。
 フルートの足下を子犬のポチが歩いていました。ポチは毎日、授業が終わる時間に合わせて学校までフルートを迎えに来ます。ポチがフルートの家に一緒に住むようになってから一年半、ずっと欠かすことなく続いている習慣でした。
 ちょうど午後のひと休みの時間帯でした。あちこちの門口に人の姿があって、煙草を吹かしたり、お茶を飲んだりしながら、のんびりおしゃべりを楽しんでいます。
 そんな中から、眼鏡の男が通り過ぎていくフルートたちに声をかけてきました。
「やあ、フルート、学校が終わったのかい? ポチも毎日お迎えご苦労様だな」
「ワン、こんにちは、ドラスさん。別に苦労じゃないですよ。フルートのお迎えはいつも楽しいんです」
 とポチが答えました。ポチは半分天空の犬の血を引いているので、人のことばが話せます。以前は化け物扱いされて人間から追い回されたし、フルートのところへ来た当初もずいぶん町の人たちから驚かれたものですが、今ではシルの町の人たちもすっかり慣れてしまって、なんということもなくポチに話しかけてきました。
 ドラスのとなりで黒茶を飲んでいた半白髪の男が、ポチの返事を聞いて笑いました。
「まったく忠義なワン君だなぁ。フルート、いいペットを見つけたもんだな」
 すると、フルートは少女のように優しい顔をにこりとほころばせて答えました。
「うん。でも、ペットなんかじゃないですよ。ポチはぼくの弟なんです」
 とたんに、そこに集まっていた男たちが、どっと笑いました。
「弟か!」
「また珍しい弟だなぁ、フルート!」
 町の人たちはフルートが金の石の勇者なのも、ポチがその仲間なのも知っています。でも、彼らの目に映る少年たちは、ごく当たり前の格好をした小柄な子どもと子犬で、世界を救うような英雄たちにはとても見えません。フルートが真剣であればあるほど、大人たちは面白い冗談でも聞いたように感じるのでした。
 でも、それもいつものことです。フルートはそれ以上は何も言わずに、ただほほえんだまま、ポチと一緒に大人たちの前を通り過ぎていきました。

 歩きながらポチがフルートを見上げました。
「ワン、ぼく、フルートに弟って言ってもらえるのは嬉しいんですけどね。でも、どうしたってフルートの弟のわけないんだもの。ああ言うといつもからかわれるんだから、言わない方がいいですよ」
 すると、フルートは真面目な表情になりました。
「言っちゃいけないかい? ぼくは本当にそう思ってるんだけど」
「本当に、って」
 ポチは思わず吹き出してしまいました。優しい優しいフルートです。いつだって、人にも動物にも分け隔てなく、友だちのように接してくれます。
「ぼくは犬ですよ? ポポロとルルみたいに小さいときから一緒に育ってきたわけでもないし。大丈夫ですよ。弟だなんて言ってくれなくたって、ぼくはいつだってフルートのそばにいますから」
「そうじゃなくて――」
 フルートは言いかけて、困ったように口をつぐみました。なんと説明したらいいのか分からない、そう言いたそうな表情でした。ポチは尻尾を大きく振ると、フルートに飛びつきました。抱きしめてもらった格好で、伸び上がって顔をぺろぺろとなめます。
「ぼくはフルートに友だちだと思ってもらえていたら、それで充分なんですよ。ぼくは、フルートのそばにさえいられたら、それでものすごく幸せなんだもの」
 フルートは、ちょっと困惑したようにほほえみ返しました。もの言いたげな、でも、それがことばにならないもどかしさの漂う微笑でした。

 すると、ふいに近くから声をかけられました。
「よう、フルート。ずいぶん楽しそうじゃないか」
 フルートとポチは、はっと声のほうを見ました。大通りから少し奥まった場所にある小さな広場に、数人の少年たちがたむろしていました。フルートたちを見る目は、どれも馬鹿にするような笑いを浮かべていて、全然好意的ではありません。学校の不良グループです。あっという間に二、三人がやってきて、広場の中にフルートを連れ込んでしまいます。
 二年くらい前までは、フルートは毎日のようにこういう連中に絡まれていました。小柄で女顔のフルートは、おとなしい性格のせいもあって、いじめやからかいの格好の標的にされていたのです。あの頃リーダーをやっていたジャックが、最近ではすっかり騒ぎを起こさなくなり、グループにもめったに顔を出さなくなったので、フルートがいじめられるようなこともなくなっていたのですが、ここ二、三ヶ月の間にグループに変化が生じていました。メンバーの入れ替えが起こって、新しい少年たちのリーダーに、当時副リーダーだったペックが台頭してきたのです。
 ペックは、今でもフルートを嫌って目の仇にしていました。フルートが金の石の勇者なのは知っています。けれども、フルートは相変わらず小さくて女のようになよなよしていて、とてもそんなすごい奴には見えません。ペックは、金の石の勇者の話を、単なる噂話、事実を誇張した作り話に違いないと思っていました。新しくグループに入ってきた少年たちも、同じように、英雄扱いされるフルートを面白く思っていない連中ばかりです。彼らは二年前のように、なにかというとフルートに難癖をふっかけ、思い切り叩きのめして「思い知らせる」機会を狙っているのでした。
 フルートは思わず溜息をつきました。二年前と違って、フルートはもう、彼らに負ける気はしません。でも、フルートとしては必要もない喧嘩や争いは起こしたくないのでした。彼らに金の石の勇者としての実力を見せつけてやろうという気もありません。
 すると、そんなフルートの気持ちを察して、ポチが呼びかけました。
「ワンワン、フルート、急いで帰りましょうよ。お父さんが牧場を手伝ってほしいって言ってましたからね」
 とフルートをその場から連れ出そうとします。
 とたんに、そばにいた少年のひとりがポチを蹴飛ばそうとしました。
「生意気な犬コロ、畜生のくせに人間様に口出ししてくるな!」
 けれども、ポチが素早く飛びのいたので、少年は空を蹴り、勢い余ってひっくり返ってしまいました。それを見て、仲間の少年たちが、どっと笑います。ペックもあきれたように笑っていました。
 ひっくり返った少年が、顔を真っ赤にして起き上がってきました。
「このぉ……よくも」
 とわめくなり、いきなりそばに捨ててあった廃材をつかんで、ポチに向かって振り下ろしてきます――。

 ガツッ。
 鈍い音がして、廃材が止まりました。太さが十センチもある材木は、ポチの体には届いていません。一瞬早くフルートがポチと少年の間に飛び込み、手にしていた教科書で材木を受け止めたのです。
 材木を振り下ろした少年は目を見張りました。仲間内でも大柄な方の少年です。体格でも力でも圧倒的な差があるはずなのに、フルートは本の盾を構えたまま微動だにしないのです。どんなに腕に力をこめて押し切ろうとしても、まったく動けません。
 と、フルートの眼が青く光りました。少女のように優しかった顔が、それまで見たこともなかった厳しい表情に変わります。大柄な少年が思わずひるんだ瞬間、フルートがかけ声もろとも、勢いよく本を突き上げました。
「はっ!」
 材木が跳ね上がりました。フルートの小柄な体がぱっと半回転し、片足が上がって少年の手元を蹴り上げます。とたんに、材木は大きく宙を飛んで、狭い広場の奥に落ちていきました。
 少年たちは茫然と目の前の光景を眺めていました。小さなフルートが、自分の倍もありそうな少年の攻撃を受け止めただけでなく、その手の材木を蹴り飛ばしてしまったのです。本当に、あっという間のできごとでした。
 ところが、フルートは我に返った顔になると、とまどったように体を起こしました。ここまでやるつもりはなかったのに、つい体が動いてしまったのです。しまった、と思わず顔が青ざめます。
 その様子を、不良少年たちはフルートが怖じ気づいたのだと勘違いしました。急に勢いづくと、てんでにフルートに向かって身構えます。
「どうやら痛い目に遭わないとわからないらしいな、フルート」
 とペックが拳を握りしめて凄みます。その後ろには、廃材や棒きれを手にした少年たちが並びます。フルートはますます弱り果てました。困りました、どうしましょう……。

 その時、しゃがれた少年の声が広場に響きました。
「何やってるんだ、てめえら! 俺に断りもなく、何の騒ぎだ!?」
 ジャックでした。広場の入口に立ち、殺気立っている一同をにらみ渡しています。めったにグループに出てこなくなっても、ジャックはやっぱりリーダーでした。少年たちは悪いことをしているところを見つけられた子どものように、青くなって後ずさりました。ペックでさえ、ばつの悪そうな顔で視線を逸らします。
「別に……フルートがあんまり生意気言いやがるから、ちょっと注意してやってただけだぜ」
 と答えます。けれども、もちろんこれは真っ赤な嘘です。フルートは一言だってペックたちとことばをかわしていないのですから。
 ジャックにもそれはすぐわかったようでした。疑わしい目でペックを見ると、こう言いました。
「わかった。俺が話をつけといてやる。てめえらはとっとと帰れ」
 ことばにならない不満がその場に一気に広がりました。ジャックがフルートを叩きのめそうとしないのが面白くないのです。とたんにジャックが声を張り上げました。
「なんだ、てめえら! 俺のすることになんか文句でもあるってえのか!?」
 有無を言わせない迫力のある声がまた響き渡ります。さすがの少年たちも思わず首をすくめると、手にしていた材木や棒きれを投げ捨て、ぞろぞろと広場を出ていきました。一番最後になったペックは、ジャックのかたわらを通り過ぎるとき、何も言わずにジャックをにらみつけていきました。その目は「意気地なしめ」とリーダーを非難していました――。

 通りを遠ざかっていく手下たちの後ろ姿を見送りながら、ジャックがつぶやきました。
「馬鹿どもが……」
 フルートはジャックに向かって丁寧に言いました。
「ありがとう。おかげで助かったよ」
 ジャックはたちまちつまらなそうな顔になりました。
「おまえを助けたわけじゃねえよ。あいつらに怪我をさせたくなかっただけだ。勘違いするな」
「だから、助かったって言ってるんだよ。かかってこられたら、相手をしないわけにはいかなかったからね。ありがとう」
 ジャックは渋い顔で、つくづくとフルートを見ました。本当に、十三歳にもなっているのに相変わらず小さくて女の子のような顔をしたヤツです。こんななりで巨大な怪物や魔の敵と戦えるほど強いとは、ペックたちでなくても信じられないのは当然な気がします。……が、そもそもの始まりに、フルートと一緒に魔の森へ金の石を取りに行ったジャックは、フルートの実力というものを思い知っているのでした。
「まったく。本当に、やなヤロウだぜ、おまえは」
 そうぼやくと、ジャックは広場から立ち去っていきました。

 ポチが心配そうにフルートを見上げてきました。
「ワン、大丈夫でしょうか? ペックたち、絶対にまた何か仕掛けてきますよ。ジャックにもっと注意させた方がいいんじゃないですか?」
 フルートは穏やかに笑い返しました。
「そこまでのことじゃないよ。これからは今までより気をつけるし、大丈夫だよ」
「ワン、そりゃフルートだもの、あんなヤツらに負けるわけはないけど……」
 言いながら、ポチはさっき、フルートが自分を助けに飛び込んできてくれた場面を思い出していました。とっさに教科書を盾にして材木を防いでいましたが、あれがなければ、きっと本当に自分の体でポチをかばってくれたのです。今は鎧も何も身につけていないのに。
 ポチは思わずフルートに小さな自分の体をすりつけました。
「ワン、お願いですから無茶はしないでくださいよ。ぼくのことなら心配ありません。いざとなったら風の犬に変身できるんですからね」
「うん、わかってる。ぼくが間に合わない時には、自分で自分を守ってよね。だけどさ、間に合うときには、ぼくにも君を守らせてよ」
 ポチが不思議そうにフルートを見返しました。ぼく、いつだって大丈夫ですけど、と言いたそうな顔をしてきます。フルートは思わず笑いました。ちょっと照れたような笑顔でした。
「だってさ、兄貴は弟を守りたいもんなんだ。本当は弟の方が強かったとしてもさ……そういうものなんだよ」
「フルート」
 ポチは何も言えなくなってしまいました。
 フルートはほほえんだまま、ぽん、と子犬の頭に手を置きました。
「さ、家に帰ろう。お腹空いちゃったよ。お母さんがケーキを焼いてるはずだから、それを食べてからお父さんの手伝いに行こう」
 手のひらからも声からも、フルートの暖かさが伝わってきます。
 その瞬間、ポチはふいに考えてしまいました。もしかしたら、フルートは、本当にぼくのことを弟だと思ってくれてるんじゃないかしら……と。考えてしまって、あわてて、ぶるぶるっと頭を振ります。そんなことは、ちらと考えるだけでも不遜なことのような気がしました。自分はフルートの友だち。フルートたちの家族。それだけでもう、充分すぎるくらい幸せなのに――。
「どうしたの?」
 手を振り払われたように感じて驚いたフルートに、ポチは尻尾を振りながら、ワン、と元気に吠えました。
「急ぎましょう、フルート。きっとお父さんが待ちかねてますよ」
 笑うような顔でそう言うと、ポチは先に立って駆け出しました。何だかとても幸せで、とってもとっても幸せで、ワンワン吠えながら、そっちこっちと飛び跳ねてしまいます。
「ポチったら――待ってよ!」
 フルートがあわてて後を追いかけてきます。そうして、少年と子犬は駆けていきました。はしゃぎながら、声を上げて笑いながら、荒野に面した自分たちの家へ一緒に帰っていきました。





(2006年12月14日)



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素材提供 STAR DUST