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「いいや、俺の方が絶対に高くなってる! 間違いない!」
ゼンが力をこめて言い切ります。たちまちフルートは不満そうな顔になりました。
「なんで断言できるのさ。立ったときの目の位置は、ぼくの方がほんの少し上じゃないか」
「目の場所で背丈がわかるか! よぉし、論より証拠だ、比べよう!」
「いいとも。でも、正確にだよ。目分量やごまかしは、なしだからね」
「馬鹿野郎。俺がそんな姑息な真似をすると思うのか」
「この件に関しては、すると思う」
「んだとぉ――!?」
夜に包まれた屋敷の部屋に、二人の少年の声が響き渡っていました。ここは湖岸の町ハルマスにある、ゴーリスの別荘です。フルートとゼンはフルートの部屋で、さっきから騒々しく言い合っていたのでした。
ベッドの上に丸まったポチが、あきれた顔でそんな二人を眺めていました。フルートたちが話しているのは、自分たちの身長のことです。今、フルートとゼンはほとんど同じ背丈なので、ことあるごとに、どちらが高いか、高くなったか、と張り合っているのです。
「よし、この柱に印をつけて比べようぜ! どっかにチョークか木炭はないか?」
「頭の上に小さな板をあてよう。そうすれば正確に測れるよ」
二人ともむきになって部屋中を探し回りますが、いくら探しても目的のものが見つからないので、とうとう部屋を飛び出して、屋敷の中に探しに行きました。
やれやれ、とポチは溜息をつきました。フルートもゼンもいつも本当に仲が良いのに、こと身長に関してだけは、どちらも絶対に譲りません。背が高かろうが低かろうが中身には全然関係ないのに、と思うのに、二人にとってはそうではないのです。特に、フルートがあんなにむきになるのが不思議でした。いつもなら、周囲から背が低いことをからかわれたって、ちょっと肩をすくめるだけで受け流してしまうのに……。
ばたばたとフルートとゼンが部屋に戻ってきました。手に木片やチョークを持っていて、さっそく柱の前に立って測り始めます。
「あ、この! 今、手が動いたぞ。三ミリは下に動いた!」
「ええ? そんなことないよ。ゼンの気のせいさ」
「いいや、絶対動いた! もう一度測り直せ!」
「わかったよ。測ればいいんだろう!」
二人とも次第に喧嘩腰です。
はぁ、とポチはまた溜息をつきました。ここにメールやポポロがいてくれたらなぁ、と考えます。メールがこの場面を見たら、「あんたら、何やってんのさ! ばっかじゃないの?」と一喝してくれるだろうし、ポポロがいたら、きっと涙ぐんでしまって、フルートもゼンもそれを見て喧嘩どころではなくなるでしょう。けれども、少女たちはもうここにはいませんでした。闇の声の戦いが解決したので、メールは西の大海へ、ポポロたちは天空の国へ、それぞれに帰っていってしまったのです。
「こら、ゼン、そんなに押しつけるなよ! 痛いじゃないか!」
「おまえの髪はくせっ毛だから、それを平らにしてるだけだ。立ってる髪の毛の分、背を高くしようったって、そうはいかないからな」
「痛いったら! ぼくを縮ませようとしてるだろう?」
「うるせえ! 男ならぐだぐだ騒ぐな!」
「ゼンこそ卑怯だぞ!」
ポチは大きな枕の下に頭を突っ込みました。とても聞いていられません。これが金の石の勇者とその相棒の会話だというのですから……。
子どもたちの部屋の騒動は、階下のゴーリス夫妻の部屋まで聞こえていました。小さなテーブルを囲んで、夫妻と銀色の髪の青年が酒のグラスを傾けていましたが、あまりの賑やかさに、とうとう顔を見合わせて苦笑いをしました。
「まったく、あいつらと来たら。まだ荒野のど真ん中にでもいるつもりだな。近所迷惑ってのを考えんか」
とゴーリスがぼやくと、銀髪の占い師も肩をすくめました。
「事件がすっかり解決したので、勇者殿たちもホッとされたのでしょうね。まあ、お気持ちはわかりますが――」
それにしてもうるさいですね、と言いたげな占い師でした。
すると、ゴーリスの奥方のジュリアがほほえんで言いました。
「あの子たちはまだ十三歳ですわ。こちらのほうが本当の姿でしょう」
「本当の姿か」
ゴーリスがまた苦笑いをしました。
「俺の知っているフルートは、まずあんな口喧嘩はやらかさなかったぞ。ガキのくせに、いつだって分別のある大人みたいに落ちつきはらっていて、誰に何を言われようが、知らん顔で受け流していた。多分、今だってそうだろう」
「あら、それじゃどうして――」
「相手がゼンだからだろう」
とゴーリスは答えると、ふふん、と笑って酒のグラスを口に運びました。
銀髪の青年も、意味ありげに笑ってうなずき返しました。
「男は好きな女性ができると急に見た目を気にし始めますからね。正直な男ほどそうです。あのお二人は本当に素直ですよ」
あらまあ、とジュリアはつぶやき、急に静かになった子どもたちの部屋を見上げました。少し考えてから、こう言います。
「あの子たちは将来、誰と一緒に自分の人生を歩くようになるのでしょうね……?」
「それはまだまだ先の話だな。それこそ、あいつらはまだたった十三歳だ」
とゴーリスが言えば、占い師も穏やかに答えました。
「わたくしの占盤にも、その答えは現れないのです。勇者殿たちがこの後、どんな人生を歩んでいくのかは、どうしても見ることができません。勇者殿たち自身がご自分の足で切り拓いて決めていくことなのでしょう」
「天下一の占い師にも見通せない人生を進む勇者たちか。いかにもあいつららしいな」
とゴーリスは笑い、それから、急に真顔になって続けました。
「俺たちはただ、その旅路が無事であるようにと祈るばかりだな」
他の二人の大人たちは、そのことばに黙ってうなずきました。勇者の子どもたちの歩む道が、どんなに危険で困難であっても、彼らは本当にただ、祈ってやることしかできないのでした。
フルートとゼンはベッドの上に仰向けになっていました。どちらも口をとがらせて、ふてくされたような顔をしています。
「ちぇーっ、マジで一ミリも違わないのかよ! そんなのって、ありか?」
とゼンが言えば、フルートが答えます。
「だって、十回も測り直してそうだったんだから、しょうがないじゃないか。認めるしかないよ」
「ちきしょう。明日の朝、測り直したら、一ミリくらい違ってるんじゃないか?」
「いくらなんでも、そんなに早くは伸びないさ――」
そのまま二人とも黙り込んでしまいます。
ポチは首をかしげました。がっかりしている二人には悪いのですが、二人がまったく寸分違わない身長だと言うことが、なんだかポチにはとても嬉しかったのです。ポチにとっては、フルートとゼンは、どっちが上でも下でもありません。二人とも大好きな友だちなのです。
すると、ゼンがうなるように言いました。
「俺はあきらめないからな。絶対に、いつかおまえを抜いてやる」
「人間がドワーフに身長で負けたら、いいところは何もないじゃないか。ぼくだって、絶対にあきらめないよ」
とフルートが言い返します。妙にきっぱりした口調です。
ふと、ポチはそれと同じようなやりとりを前にも聞いたような気がしました。身長の話ではありません。ゴーリスの屋敷の中庭で、フルートとゼンの二人が、一人の少女を巡って男の約束をしていたときです……。
ああ、そうか、とポチは気がつきました。だから、フルートもゼンも、お互いに相手に負けたくないんだぁ……と。
突然、がばとゼンがベッドから身を起こしました。フルートをのぞき込むようにして迫ります。
「いいか、見てろ! この次会ったときには、必ずおまえを抜いてるからな!」
フルートも跳ね起きると、負けずに言い返しました。
「ぼくの方こそ! 絶対に次には君を抜いているから!」
そして、二人の少年は間近でにらみ合い――ふいに同時に吹き出してしまいました。笑って笑って、声を上げて笑い転げて――
そうして、フルートは言いました。
「また会うときが楽しみだね、ゼン」
「おう、楽しみだ」
ゼンも満面の笑顔で答えます。
ポチはそんな二人を見守りながら、黙って尻尾を振り続けていました。喧嘩するほど仲がいい。そんなことばが浮かんできます。
別荘は夜の静寂に包まれていました。
天空には満天の星がまたたいていました。
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