フルートの冒険・1 〜黒い霧の沼の戦い〜

35.神殿

 やがて。
 沼の一本道を通るフルートたちのまわりから、突然霧が消えました。目の前に小さな島があり、崩れかけた神殿が建っています。道はその島で行き止まりになっていました。
「ここが闇の神殿か……」
 フルートは思わず声をひそめて言いました。神殿の入り口からメデューサが自分たちの様子をうかがっているような気がしたからです。
 けれども、ポチが耳を動かしながら言いました。
「ワン。この近くにメデューサはいませんよ。生き物の気配がありません。きっと、あの神殿の奥でしょう」
「しっかし、変な眺めだよな」
 とゼンが腕組みをしながら言いました。神殿のまわりにはまったく霧がなく、古い石造りの建物がくっきりと見えています。建物の中央付近からは、空に向かって、黒い煙のようなものがもうもうと立ち上っています。濃い霧の柱です。霧は一度空高く上ると、ゆっくり沼に向かって流れ落ち、そこでまた沼の表面からわきたつ霧と一緒になると、猛烈な黒い渦になって周囲へ流れ出していました。
「あの霧の柱の下に闇の卵があるんだ……」
 とフルートはつぶやき、仲間たちに言いました。
「いよいよだよ。さあ、行こう」
「おう」
「ワン」
 ゼンとポチは即座に答え、子どもたちは神殿に向かって歩き出しました。

 沼の中の島は丈の高い草でおおわれていました。その中に、神殿に向かって、踏み分けられたような道が自然にできあがっています。その道にかがみ込んだゼンが、首をひねりました。
「おかしいな……この道には神殿に向かう足跡しかないぞ。神殿を出て行く足跡がない」
「何の足跡なの?」
 とフルートは尋ねました。
「いろいろだ。熊、牛、イノシシ、オオカミ……何か得体の知れない生き物の足跡もある。足のないヤツが体を引きずって通っていった痕も」
「メデューサ……?」
「いや、こんなに小さくはないんだろう。たぶん、さっき沼で会ったヒルみたいなヤツじゃないか。でなきゃ、小さな蛇か。人間の足跡もあるぞ」
「ワン、どういうことでしょう?」
 ポチが目を丸くして尋ねると、ゼンは肩をすくめました。
「さあな。さっぱり分からないぜ」
 フルートは草の間に見える神殿を眺めました。あそこに大勢の獣や人間がいるというのでしょうか。いるとしたら、何のために? 神殿はただ、もうもうと黒い霧の柱を吐き出し続けています。

 すると、突然神殿の中から大きな音が聞こえてきました。
 オォーーゴォォーーオォォーー……
 風が吹き抜けていくような音に、空気がびりびりと震えます。フルートたちは思わず耳をふさいだり、耳を倒したりしました。
「な、なんだ……?」
 とたんに、今来た道の向こうから、ギャーッというものすごい叫び声が上がりました。それも、一つ二つではありません。何百という生き物が、いっせいに鳴き声を上げたのです。
 フルートたちは、はっとすると、急いで剣や弓矢を構えました。ポチは道の彼方をにらんで低くうなり出しました。
「鳥の群れが来ますよ。すごい数でこっちに飛んできます……」
 そのことばが終わらないうちに、黒い霧の中から、どっと鳥の大群が現れました。霧より黒い羽におおわれた鳥――カラスの群れでした。
 カラスたちは、ギャーギャー鳴きわめきながら、まっすぐフルートたちに向かって飛んできます。
「やばい! あんな数、相手にしきれないぞ!」
 とゼンが叫びました。フルートは炎の剣を高く振りかざして身構えました。カラスの群れはもう目の前です。

 ところが。
 カラスたちは草の間に立つ子どもたちには目もくれず、その頭上を飛びこえていったのです。ギャーギャー、ガーガーとうるさく鳴きわめく声が、羽ばたきの音と共に通りすぎていきます。
「なんだ……?」
 フルートたちは目を丸くしてそれを見送りました。
 カラスたちはまっすぐ神殿を目ざし、吸い込まれるようにその入り口に飛び込んでいくと、姿を消してしまいました。
子どもたちは顔を見合わせました。
「カラスたち、お呼びだ、お呼びだ、って言ってましたよ」
 とポチが言いました。
「お呼び? じゃ、あの音はカラスを呼び集める合図だったのかな……?」
 とフルートは首をひねりましたが、ゼンもポチも、それには答えられませんでした。
 崩れかけた神殿は、またしんと静まりかえっています。いくら様子をうかがっていても、それ以上何も起こりません。
「油断しないで行こう」
 とフルートは剣を握り直し、子どもたちは神殿に向かってまた歩き出しました。


 神殿は灰色の石でできていました。
 太い柱が何本もたっていて、ところどころで天井が崩れて床の上に落ちています。柱が倒れて、屋根ごとつぶれている部分もありました。
「石にされたヤツがいないな」
 ゼンがあたりを見回しながら、ちょっと意外そうに言いました。神殿には、メデューサに石にされた人や生き物が立ち並んでいるような気がしていたのです。けれども、神殿の中はがらんとしていて、砂っぽい床が広がっているだけでした。
「ワン、カラスたちもいませんね」
 とポチも言いました。神殿の中は静かで、羽ばたきの音ひとつ聞こえないのです。ただ、そこをカラスが通っていった証拠に、床の上には黒い羽毛が何枚も落ちていました。
「もっと奥に行ったんだろうね……。ぼくたちも進もう」
 とフルートは先頭に立って歩いていきました。
 すると、じきに広間の跡のような場所に出ました。四角い部屋には、壁ぞいに石でできた彫刻が並んでいます。壊れて形も分からなくなっているものがほとんどでしたが、かろうじて一つだけ形を保っていた石像は、角が生えた怪物の姿をしていました。
「メデューサに石にされたのか?」
 とゼンが目を丸くすると、フルートは首をひねりました。
「それにしては、ずいぶん古い石像だよ……? もう何百年もたっているみたいだ」
 すると、ポチが突然、しっと言いました。
「気配が伝わってきます。……この石像、生きてますよ……」
 フルートとゼンは目を見張り、すぐに剣を抜き弓矢を構えました。ゼンは強力な鋼の矢を弓につがえます。
 ぎしぎし、と音を立てながら石像が動き出しました。ぎこちない動きで壁から離れ、ゆっくりと歩き出します。子どもたちは、思わず一歩後ずさりました。

 すると、突然石像が目の前から姿を消しました。
「上だ!!」
 ゼンが叫びます。
 怪物の石像は彼らの頭上高く飛び上がっていました。フルートはとっさに剣でなぎ払い、ゼンは鋼の矢を放ちました。石像が宙で身をかわして、彼らのすぐ目の前に飛び降りてきます。それはもう石像ではなく、1匹の生きた怪物でした。全身を黒い皮膚でおおわれ、頭に一本の角を生やしています。口からは鋭い牙がのぞいています。
「ワン! もう一匹来ます!」
 とポチが叫びました。
 背中に翼のようなものをはやした石像が、広間の出口付近から飛んでくるところでした。フルートがふりむきざまに剣を振ると、翼の怪物は炎の弾をかわして、角の怪物のわきに降り立ちました。こちらも、石像から本物の怪物に変わっています。フルートたちは知りませんでしたが、これらはガーゴイルという名前の怪物でした。
「ゼン、援護してくれ!」
 フルートはそう言うなり飛び出して、炎の剣で怪物たちに切りかかっていきました。
 すると、翼を持つガーゴイルが空に飛び上がりました。角の生えたガーゴイルが、鋭い歯をむき出しにしながらフルートに襲いかかってきます。フルートは横にかわしながら、剣で切り払いました。角の怪物の左腕が火を吹いて飛び、つんざくような悲鳴が響き渡ります。
 そこへ、上空から翼のガーゴイルが急降下してきました。フルートはとっさに剣を構えようとしましたが間に合いません。
 怪物がフルートに飛びつこうとした瞬間、その眉間に鋼の矢が突き刺さりました。ゼンが弓弦を鳴らして放ったのです。墜落してきた怪物に、フルートはすかさず剣を突き出しました。翼のガーゴイルは炎の剣に貫かれて、火を吹いて燃え上がりました。
「よし、一匹!」
 とゼンが歓声を上げました。

 片腕になった角のガーゴイルは、仲間がやられたのを見ると歯をむいてうなり、突然くるりと後ろを向いて逃げ出しました。
「あ、待て――!」
 フルートたちが後を追いかけようとした時、ふいにポチが立ち止まりました。
「ワン! 音がします!」
 フルートとゼンも、思わず立ち止まりました。
「音?」
「ワン。何かがシュウシュウいう音です。それから、地面の上を何かがこする、ザラザラいう音……」
「メデューサだ!」
 子どもたちは息をのみました。
 その時、神殿の奥に向かって走っていた角のガーゴイルが、ヒーッと悲鳴を上げました。体が一瞬のうちに石に変わり、次の瞬間、粉々に砕けて崩れ落ちていきます。元の石像に戻ったのではありません。明らかに、外からの力で破壊されたのでした。
 子どもたちは、はっとしました。
「メデューサが来る!」
「隠れろ!」
 フルートとゼンとポチは、片隅の崩れ落ちた柱の陰に飛び込むと、体をできるだけ小さくして息を潜めました。






素材提供 STAR DUST