フルートの冒険・1 〜黒い霧の沼の戦い〜

32.決意

 「しかし、敵を倒すのは決してたやすいことではない」
白い石の柱の上で、エルフが子どもたちに向かって話し続けていました。
「メデューサは今、闇の力で守られている。いくら剣や矢で攻撃しても、その体を傷つけることさえできないのだ」
それを聞いて、ゼンは、ふーんと腕組みをしました。
「でも、どんなヤツにも必ず弱点はあるもんだぜ。メデューサの弱点はどこなんだろうな?」
 敵の強さを聞かされても動じないゼンを、エルフはほほえむような目で見下ろしました。
「額の黒い宝石だ。やつはそこから闇の力を取り込んで強大になっている。黒い宝石を壊せば、やつを守る力は失われ、やつは死んでいく。だが、それも普通の武器ではかなわない。闇の石を壊せるのは、聖なる魔法の武器だけなのだ」
 それを聞いて、フルートは急いで背中から炎の剣を抜きました。エルフがうなずきました。
「そうだ。その剣ならば、闇の石を壊すことができる。……ゼンにはこれを与えよう」
 そう言ってエルフがとりだしたのは、三本の矢でした。先端から矢羽根まで銀色で、日の光を浴びてきらきらと輝いています。
「聖なる光の矢だ。あらゆる邪悪なものを撃ち破る力がある。そして、この矢はこの弓でなければ撃つことができない」
 とエルフが背負っていた弓を差し出したので、ゼンはとまどった顔をしました。
「光の矢をもらえるのは嬉しいし、それが素晴らしい弓なのは見れば分かるけどさ……その弓は俺には大きすぎるぜ。俺には使えねえや」
 弓はエルフの身長と同じくらいの長さがあるので、背の低いゼンにはとても構えられなかったのです。
すると、エルフが静かに笑いました。
「いいから、この弓を受け取るがいい。これはおまえのために準備されたものなのだ」
 そう勧められてゼンが受け取ると、その手の中でいきなり弓がしゅるしゅると縮み始めました。二メートル近くもあったものが、半分くらいの大きさになってしまいます。ゼンにちょうど良い大きさです。それを見て、フルートが思わず声を上げました。
「ぼくの鎧と同じだ!」
 エルフはうなずきました。
「そう、これは魔法の弓だ。使い手に合わせて大きさが変わる。だが、威力は少しも失われない。普通の射手には使いこなせない武器だが、ゼンにならば撃てるだろう」
 それを聞いて、ゼンはとても嬉しそうな顔になりました。
「へへっ、すげえや……! ものすごく強力でいい弓だぜ。ドワーフの洞窟のどんな弓より出来がいいや!」
 と、さっそく何度も弓弦をはじいてみます。

 白い石の丘のエルフは、霧のわき立つ方角に目を向けながら、また重々しい声になりました。
「闇の神殿には、他にもいろいろな怪物が棲みついている。そこをおまえたちは進み、メデューサと戦わなくてはならないのだ。繰り返すが、メデューサの目には気をつけるのだぞ。決してまともにその目を見てはいけない。一度石にされてしまったら、魔法の金の石の力でも、元に戻すことはできないのだから」
「でも、敵を見ないで攻撃するのはすごく難しいです」
 とフルートが考え込みながら言いました。どうやったらメデューサを倒せるかと、頭の中で必死に考えていたのです。
「当てずっぽうで撃ったら、すぐ矢がなくなるしなぁ」
 とゼンも言いました。
 すると、エルフがフルートを振り向きました。
「ロムド国王の占い師が、おまえのために防具を選んだはずだぞ、金の石の勇者よ」
 フルートは目を丸くし、それから、あっと声を上げました。
「鏡の盾だ……! 忘れてた!」
 国王の城を旅立つとき、占いに出たから、と占い師のユギルが国王に勧めて、フルートに持たせてくれた盾でした。これまで使う機会がなくてすっかり忘れていたのですが、それでも、ちゃんと走り鳥の荷物に一緒にくくりつけてきていました。
 エルフがうなずきました。
「鏡の盾にメデューサの姿を映し、それを見ながら攻撃するのだ。鏡に映った目なら、見ても石にされることはないからだ。とはいえ、決してたやすいことではない。おまえたちは、自分の勇気と技量を試されるだろう」
 うーん、と思わずフルートたちは考え込んでしまいました。本当に、全然簡単ではありません。でも、それしか方法がないのも確かでした。


 「私からおまえたちに助言できることは、これですべてだ」
 とエルフが言いました。
「おまえたちの方で、なにか聞きたいことがあるなら、聞くがいい」
 そう言われて、フルートはちょっとためらい、それから思い切ってこう言いました。
「ひとつだけ……お願いがあるんです」
「なんだ?」
 とエルフは尋ねましたが、その瞳は、もうすでに、フルートの言おうとしていることを承知しているようでした。
 フルートは思わず口ごもりながら、こう言いました。
「あの、ポチを……ポチを、ここで預かってほしいいんです。……ぼくたちが、戦いから帰ってくるまでの間……」
「おい、フルート!」
「ワンワン! そんな!」
 ゼンとポチが驚いて同時に声を上げました。
 けれども、フルートは首を振ると、ポチにかがみ込んで言いました。
「ポチ、やっぱり君は連れて行けないよ。君はそんなに小さいんだもの。メデューサなんかと戦うことになったら、絶対に生きて帰ってこられない。そんな危険な場所に、君を連れて行くわけにはいかないんだよ」
「ワンワン! ぼく、絶対にフルートたちの邪魔はしません! 足手まといには絶対になりませんから……! だから、ぼくを連れていってください!!」
 ポチが必死で言い続けました。犬は泣くことができませんが、もしそれができたら、きっと大粒の涙を流していたことでしょう。
 けれども、フルートはがんとして承知しませんでした。
「ここで待っておいで、ポチ。ここならば霧も怪物も来ないから。ここで、ぼくたちが帰ってくるのを待っていて――」
 ふっと、フルートはことばをとぎらせました。彼らがメデューサを倒し、霧の中から生きて帰ってこられるという保証は、どこにもなかったからです。
 フルートは、白い石の丘のエルフを見上げました。
「お願いがもうひとつあります。もし、ぼくたちが戻ってこられなかったら……その時には、ポチをよろしくお願いします」
「ワンワン! フルート! フルート!!」
 ポチはもう泣き声でした。
「嫌です、嫌です! 絶対にぼくも一緒に行きます! フルートたちがぼくを置いていったら、ぼくは匂いで後を追います! ぼくは犬だもの! 絶対に匂いは見失わないんです! そして、ぼくも一緒にメデューサと戦います……!!」
 まっすぐな叫びが、フルートたちの胸を打ちました。黒い大きな瞳が、フルートの目を食い入るように見つめています。
 フルートは唇をかむと、ポチから顔をそむけました。ポチがひどく悲しそうな様子になります。それを見て、ゼンは思わずため息をつきました。
「よぉ、連れて行ってやろうぜ……。こいつの気持ち、俺にはよく分かるぜ。本当に俺と同じさ。おまえが好きだから、一緒に行って戦いたい。ただそれだけなんだよ」
「だめだ。だめだよ!」
 フルートはかたくなに首を横に振り続けました。けれども、そう言っているフルート自身が、ポチに負けないくらい泣き出しそうな顔をしているのでした。

 すると、エルフが静かに言いました。
「小さいものが、必ずしも力にならないとは限らない。小さくても役目を負うものはいるのだ。おまえ自身のようにな」
 そう言われて、フルートは思わずことばに詰まりました。確かにフルート自身が、大人たちから驚きあきれられるくらい、小さくて幼い勇者でした。
 エルフは、優しく諭すような目でフルートを見つめながら話し続けました。
「旅の途中で出会ったものたちを大事にするがいい。おまえと旅路を共にするものは、大切なおまえの仲間になるのだから。――とはいえ」
 エルフは、ふとフルートから目を離すと、ゼンとポチを見ました。
「おまえたちの守りがあまりにも貧弱なのは確かだな。このままでは、フルートも安心しておまえたちを連れて行くことはできないだろう。これを身につけるがいい」
 そう言うとエルフは帯の中からペンダントのようなものを二つ取り出しました。それは星の形に削られた小さな水晶で、上に開けた穴に細い革紐が通してありました。のぞき込むと、水晶の奥で虹色の光がきらめいています。
「お守りだ。魔法の力があるから、おまえたちの身を守ってくれるだろう。ただし、過信はするな。これをつけていても、怪我はするし、死ぬときには死ぬのだから」
 ゼンとポチは、深く頭を下げてエルフに感謝すると、水晶のお守りを受け取りました。
 ポチはそれをくわえると、すぐさまフルートのところへ持っていきました。
「ワンワン! ぼくにこれをつけてください! そして、ぼくを一緒に連れて行ってください!」
 黒い瞳を輝かせて、尻尾を大きく振っています。
「ポチ……」
 フルートは何も言えなくなりました。ゼンがにやにやしながら言いました。
「おまえの負けだぜ、フルート。つけてやれよ」
 そこで、フルートはポチの首に水晶のお守りを結びつけてやりました。ゼンも、自分の首にお守りを下げて嬉しそうな顔をしました。
「へへっ。なんかフルートの金の石みたいだな」

 ポチは尻尾をいっぱいに振ると、フルートたちを見上げました。
「ワンワンワン! 行きましょう! 行って、メデューサを倒しましょう!」
「そうだ! そして、闇の卵とやらをぶっ壊して、霧を追っ払おうぜ!」
 とゼンも声を上げました。
 フルートは、仲間たちの顔を見てはっきりとうなずくと、白い石の上に立ち上がりました。
「行こう、みんなで。闇の神殿に行って……そして、絶対にぼくたちが勝つんだ!」
 仲間たちの命を守るためにも必ず勝つ。フルートはそう心を決めたのでした。
 子どもたちは、霧がわき起こってくる方角を見つめました。その奥には沼があり、闇の神殿があるのです。
 丘の上の空はいつの間にか夕焼けに染まり始めていました。太陽から放たれてくる光が、小さな勇者の一行を赤金色に照らし出します。
「小さな体に大きな勇気を宿す者たちに、星の導きと大地の護りがあらんことを」
 エルフが、厳かな声で彼らのために天と地に祈ってくれました。


(ここまで、2005年3月8日)






素材提供 STAR DUST