フルートの冒険・1 〜黒い霧の沼の戦い〜

第4章 狂気
24.出発

 祝宴の翌日、フルートとゼンは、ドワーフたちに見送られて洞窟の外に出ました。
 青く晴れ渡った空の下、炭の粉を混ぜたような雪が、あたりをすっぽりと包んでいます。
「本当に、いろいろお世話になりました」
 とフルートが頭を下げると、ドワーフの最長老が言いました。
「礼を言うのはこっちの方じゃ。グラージゾを退治し、洞窟に光を取り戻してくれたこと、本当に感謝しとるぞ。金の石の勇者が見事目的を遂げられることを、皆で祈っておるからな」
 すると、居並ぶ長老たちがいっせいにうなずきました。フルートはもう一度頭を下げて、感謝の気持ちを表しました。
「おまえの馬は俺が預かっていてやる」
とゼンの父親が言い、それを引き継ぐように、ゼンの祖父が言いました。
「おまえたちは『走り鳥』を使うがいい。旅路がはかどるからな」
「ホントか、じいちゃん? ホントに、走り鳥を使っていいのか!?」
 ゼンが歓声を上げ、フルートをこづいて言いました。
「いいぞ! 走り鳥は馬の三倍のスピードが出るんだ。山だって谷だって、まったく気にしないで走り続けるんだぞ。洞窟に七羽しかいない貴重な乗り物なんだ!」
「長老の話し合いで決まったことだ。ゼン、おまえの装備も我々が話し合って決めたのだぞ。今、洞窟で準備できる最高のものだ。だが、くれぐれも無茶はするなよ」
「わかった!」
 ゼンは目をきらきらさせて答えました。そう言っているゼンは、布の服の上から、細かい細工が入った鋼の胸当てをつけ、その上に毛皮の服をはおっています。腰にはショートソードと丸い鋼の盾を下げ、背中には木の矢と鋼の矢が入り混じった矢筒と頑丈な弓を背負っていますが、どれもこれまでのゼンの武器よりずっと上質で強力なものでした。

 「食料や荷物は走り鳥につけておいた。それで、これからどう進むつもりなんだ?」
 とゼンの父親がフルートに尋ねてきました。
「南へ向かいます」
 とフルートは答えました。
「黒い霧はロムドの南の湿地帯から発生しているんです。ただ、そこへ行く前に白い石の丘に行くと、大きな助けが得られる、って炎の馬に言われています。その丘がどこにあるのかは、分からないんですが」
 すると、ゼンの父親が眉を上げました。
「炎の馬――火の山の守護獣か。おまえはとんでもないヤツといろいろ知り合いらしいな。では、それの言うことに従うのがいいだろう。南へ行け。そうすれば、きっと目ざす場所も見つかるだろう」
 フルートたちの前に、二羽の走り鳥がつれてこられました。長い二本足と長い首を持つ灰色の鳥で、小ぶりなダチョウそっくりの姿をしています。背中に小さな鞍を置き、くちばしには細い手綱がつけられています。荷物は長い首の付け根のところに、まとめてくくりつけられていました。
 フルートとゼンは走り鳥の背中にまたがりました。フルートは走り鳥に乗るのは生まれて初めてでしたが、走るときの揺れ方は違うものの、手綱さばきが馬と同じだったので、じきに慣れて、自由自在に走らせられるようになりました。
「じゃ、行ってくるぜ、親父、じいちゃん」
 とゼンが言いました。
 フルートは、居並ぶドワーフたちにもう一度頭を下げると、まっすぐ南を見ました。山裾に広がる雪原と、点在する森が見えています。雪原も森も、黒い雪におおわれて一面薄黒く染まり、その彼方の地平線近くには、おぼろにかすむ黒い雲が広がっていました。黒い霧がそこまで押し寄せているのです。
 フルートは背筋を伸ばすと、走り鳥の横腹を蹴りました。
「はいっ!」
「それ行け!」
 とゼンも声を上げます。
 二羽の走り鳥は、子どもたちを背に乗せて、風のように走り始めました。
 洞窟のドワーフたちは、歓声を上げ、手を振ってそれを見送りました。


 それから三時間あまり、フルートとゼンはひたすら南へ進みました。走り鳥は、全力疾走の馬より速いスピードで、いつまでも楽々と走り続けます。まわりの景色が飛ぶように後ろに流れていきます。
 太陽が頭上近くにさしかかる頃、ゼンがフルートのすぐわきに並んで言いました。
「おい、そろそろ昼飯にしようぜ。さっきから腹の虫が鳴きっぱなしだ」
 言われて、フルートも自分もひどく空腹だったことに気がつきました。南へ向かうことで頭がいっぱいで、全然意識していなかったのです。それを話すと、ゼンが笑いました。
「腹ぺこなのに気がつかないなんて、信じられないな。『まずは食え』ってのが、俺たちドワーフの基本だぜ。敵と戦う前に腹ぺこでぶっ倒れたんじゃ、笑い話にもならないじゃないか」
「確かにね」
 とフルートも笑うと、走り鳥を立ち止まらせました。
ゼンが鳥から荷物を下ろしながら言いました。
「こいつらは手綱を結びつけておく必要はないぜ。勝手にエサを 探しに行って、また戻ってくるから」
 ゼンの話によると、走り鳥は雑食で、草でも木の葉でも虫でも、なんでも食べるというのです。猟師たちは、北の山脈をこの鳥に乗って何日も走り回って、鹿狩りをするのでした。
 ゼンが軽くぽんと鳥の背を叩くと、二羽の走り鳥はたちまちどこかへ走り去っていきました。

 「さあ、昼飯、昼飯」
 と言いながら、ゼンが荷物の中から小枝の束を取りだし、器用な手つきで組み上げると、雪の上にあっという間にたき火を起こしました。その上に小さな鍋を置き、水筒の水を入れて、なにやら袋に入った材料を放りこみます。じきに、鍋からおいしそうな匂いが漂い始めました。
「ほら、乾燥野菜と干し肉のおかゆだ。熱いから気をつけて食べろよ」
 とゼンがフルートに、湯気を立てている器を渡してきました。火を起こしてから三十分とかかっていません。フルートがすっかり感心すると、へへっ、とゼンは得意そうに笑いました。
「俺は猟師だからな。外で手早く料理するのには慣れてるのさ。材料さえあれば、ウサギ肉のパイだろうが、イノシシの煮込みだろうが、すぐに作ってみせるぜ」
「すごいや。そのうち、ぜひ食べてみたいな」
 とフルートは言い、ゼンが作った料理がとびきりおいしかったので、またびっくりしました。本当に、このゼンという少年は、いろいろな意味で頼もしいことこの上ありませんでした。

 「さて、ところでここはどこら辺なんだ?」
 スプーンを口にくわえながら、ゼンが尋ねてきました。
 そこで、フルートは自分の荷物の中から地図を取り出しました。ロムド国王からもらったものです。
「ぼくたちは洞窟からまっすぐ南に向かってきたから……たぶん、今はこのあたりなんだと思う。黒森の入り口の西側だ。道をたどれば早いんだろうけど、道は黒森の中を通っていて、森には凶暴になった獣や怪物がいるから、このまま荒野を走っていった方がいいんじゃないかと思うんだ」
「走り鳥なら道があってもなくてもスピードは変わらないぜ。南の湿地帯まで、最短コースを取った方がいいだろう」
 とゼンが言いました。
 フルートは地図の上に指を走らせました。
「だとすると、このルートだね……。黒森の西側をずっと通って、山脈を越えて、南東を目ざすんだ。そうすれば、湿地帯にまっすぐ行くことになるよ」
「途中で横切ってるこの線はなんだ? 道か?」
「うん、西の街道だよ。ぼくの住んでるシルの町も、この街道沿いにあるんだ」
「ここか? けっこう近いところを通り過ぎるんだな。町に立ち寄った方がいいんじゃないか?」
 すると、フルートはほほえんで首を振りました。
「ううん、いいよ。ぼくが町に帰るのは、ちゃんと自分の役目を果たした後さ」
 それを聞いて、ゼンはちょっと意外そうな顔になりました。
「だけどよ、おまえが家を出てからずいぶんになるんだろう? 親父さんやおふくろさんが心配しているんじゃないのか?」
 とたんに、フルートは思わず両親の顔を思い出しました。
 二人とも、フルートが顔を見せれば絶対に喜びます。けれども、そうなったら、両親にこれから向かう場所と敵を話さなくてはなりません。黒い霧の中心に潜む、得体の知れない邪悪な敵です。二人とも、きっと、ひどく心配することでしょう……。
「いいんだよ。このまま、まっすぐ進もう。それに、今は一刻も早く霧の源に行かなくちゃいけないんだから」
 そう言いながら、フルートは地図を手早くたたみました。頭に浮かんできたお父さんやお母さんの顔を消し去ろうとするように――。

 ふーん、とゼンはつぶやくと、すっくと立ち上がって雪原の彼方を見渡しました。
「左手に見えているあれが黒森だな。だとすると、俺たちが目ざすのは、こっちの方角か。……よし、分かった」
「まもなく、ぼくたちは黒い霧の中に入ると思うよ」
 とフルートが言いました。
「そうしたら、景色の見通しがきかなくなるんだ。街道をたどってるわけじゃないから、迷いやすいかもしれない」
 すると、ゼンは、ふふん、と鼻で笑いました。
「おまえ、ドワーフの方向感覚を知らないな。俺たちは、一度方角を見定めたら、後は絶対に迷わないんだぜ。ま、任せとけって。絶対に迷子にはさせないさ」
 それを聞いて、フルートは思わずまた笑いました。本当に、ゼンは頼りになる道連れです。
「さ、ごちそうさま。おいしかったよ。また先に進もう」
 とフルートは立ち上がり、たき火を消して食事道具を片づけました。
 ぴゅうっ、とゼンが口笛を吹くと、どこからか走り鳥が戻ってきて、彼らの前で立ち止まりました。二人は走り鳥にまたがると、また飛ぶような速さで先へ進み始めました。遠い彼方の湿地帯を目ざして、南東の方角へまっすぐと――。






素材提供 STAR DUST