フルートの冒険・1 〜黒い霧の沼の戦い〜

23.仲間

 フルートとゼンは、地底湖から町に戻る途中の通路で、第二次グラージゾ討伐隊と出会いました。討伐隊は屈強のドワーフたちで、先頭にはゼンの父親が立っていましたが、子どもたちが『力のルビー』を抱えているのを見ると、口をあんぐりさせて、こう言いました。
「俺は夢でも見ているのか? こんな馬鹿げた光景が現実だとは、とても思えないぞ!」
「現実だぜ、親父」
 ゼンがにやにやしながら答えました。
「グラージゾは湖の中で燃え尽きて灰になってる。フルートと俺でやっつけたんだぜ」
 討伐隊は仰天して地底湖に駆けつけました。フルートとゼンも、それにつきあってもう一度湖に行き、どうやってグラージゾを倒したのか、戦いの様子を大人たちに話して聞かせました。
 大人たちは驚嘆し、子どもたちの勇気を口々にほめました。
 ゼンの父親が、フルートをつくづくと見て言いました。
「本当に、おまえは金の石の勇者だったんだなぁ……。よし、ではこのルビーを源の間に戻そう。洞窟中に力が戻ってくるぞ!」

 そして、一時間後、ドワーフの洞窟には光が照り渡りました。大空洞の天井の真ん中で、太陽の石がさんさんと輝き出します。それは本当に太陽に似た明るい光で、ドワーフの町やその外側に広がる畑や牧場をあまねく照らしました。
 太陽の石を支える大きな岩の柱は、光を浴びて様々な色合いに光り輝き、複雑な模様を浮き上がらせていました。ルビー、サファイヤ、エメラルド、トルマリン、紅水晶、アメジスト……様々な宝石を埋め込んで模様を作っているのです。それは、うっとりと見とれたくなるほど美しい眺めでした。
 その光の柱の下では、盛大な祝宴が開かれました。
 半円形の家々に囲まれた広場に何百というテーブルが持ち出され、その上には食べ物や酒瓶がところせましと並びます。ドワーフたちは皆、晴れやかな顔をしながら笑い、賑やかにしゃべり、ごちそうを食べては酒をくみ交わしていました。
 洞窟に光が戻り、恐ろしいグラージゾが退治されたので、誰もが浮かれて上機嫌でした。あちらこちらで乾杯になるたびに、ドワーフたちは口々にこう叫びました。
「金の石の勇者、万歳! フルートとゼンの勇気を讃えて乾杯! ドワーフの洞窟に永遠に平安あれ!」

 祝宴の真ん中の席で、フルートとゼンはたくさんのドワーフたちに囲まれていました。やれ食べろ、飲め、と料理や菓子や果物、ジュース、果ては酒までが次々と勧められてきます。もう、人間だから、人間の血を引くドワーフだから、と彼らをのけものにする者はいません。二人はドワーフの洞窟の英雄でした。
 たくさんの人たちがグラージゾを退治したときの様子を聞きたがったので、ゼンが皆の前で冒険譚を語りました。フルートがどんなに勇敢に行動したかを特に熱心に話したので、ドワーフたちはすっかりフルートに感心しました。
 とうとう長老の中でも一番年上の老人が、皆の前でこう宣言しました。
「金の石の勇者よ。我々はめったなことでは人間を招き入れることをしない種族じゃ。しかし、おまえはドワーフにも匹敵するほどの勇気と正義の心を持っておる。今後、いつまでもおまえはドワーフの仲間じゃ。おまえがこの洞窟を訪ねてきたとき、我々はいつでも扉を開けて、町におまえを招き入れるじゃろう」
 フルートは立ち上がると、長老に向かって深々と頭を下げて言いました。
「ありがとうございます。……とても嬉しいです」
 フルートのすぐ近くに立っていたゼンの祖父が、静かに笑いながら、フルートに耳打ちしてきました。
「我々六人の長老で話し合って決めたのだ。協議は三分で終わった。歴史に残るほど短時間の決定だったぞ」


 祝宴はいつまでも続きました。誰もが浮かれて楽しそうです。でも、フルートの顔は晴れませんでした。フルートにはまだやらなくてはならないことがあるのです。時々話を切り出そうとするのですが、そのたびに誰かが食べ物や飲み物を勧めに来たり、グラージゾを退治したときの話を聞きたがったりするので、なかなか話し出す機会がありませんでした。
 すると、どこからか、一人のドワーフの少女がやってきて、フルートの目の前に立ちました。ドワーフは人間より背が低いので年齢は分かりにくいのですが、顔つきから見て、まだ五、六才くらいの小さな女の子のようでした。黒い服を着て、三つ編みにした髪に黒いリボンをつけています。少女が青ざめた顔にひどく真剣な表情を浮かべていたので、フルートはびっくりしてその子を見つめました。
 すると、少女が口を開きました。
「勇者様、あたしのお父さんがグラージゾに殺されたの。勇者様は不思議な力のある石を持ってるんでしょう? お葬式の手伝いに来たおばさんたちがそう言ってたわ。お願いです、勇者様。お父さんを生き返らせてください!」
 少女が一気にそれだけを言うと、とたんに静寂が広がりました。周囲のドワーフたちが、なんとも言えない顔つきをします。
「源の間で死んでいったドルーンの、一番上の娘だ」
 とゼンの父親がフルートに言いました。
 フルートの顔に、はっと、痛みに似た表情が広がりました。金の石で癒そうとして間に合わなかった、あの場面がまざまざとよみがえってきます。
 少女は、すがるような瞳で見つめています。フルートは両手をぎゅっと握りしめると、かすれる声で言いました。
「金の石は、死んでしまった人を生き返らせることはできないんだよ……ごめんね……」
「だって!」
 少女が必死で叫びました。
「勇者様はグラージゾを退治したんでしょ!? 魔法の石があるんでしょ!? お父さんのことだって生き返らせることができる、っておばさんたちが言ってたわ! お願い、あたし、なんでもします! どんなことでもするから――お父さんを生き返らせて!!」
 少女の瞳に涙がどっとあふれ出しました。それでも、少女はフルートをひたと見つめ続けています。
そこへ、少女を追って、数人の大人たちがようやく駆けつけてきました。
「これミリー、やめなさい。うわさ話を本気にするんじゃない。勇者様は困っておいでだぞ……」
「お父さんは鍛冶の神様に招かれて、地下の宮殿に仕事に行ったんだよ。そこへ行った人は、もう戻っては来られないんだ」
 そして、彼らはフルートに詫びを言うと、少女を連れて広場を出て行きました。少女は声を上げて泣き出し、迎えの一人に抱きかかえられながら連れられていきました。
「フルート……おまえのせいじゃないよ」
 と隣に座っていたゼンが、フルートの表情を見て言いました。
「おまえはあのとき、ドルーンのことを助けようとしたんだからさ」
 けれども、フルートは何も言えずに、自分の膝を見つめていました。
「そうだ。勇者はドルーンを助けようとしてくれていた!」
 と、突然すぐ目の前で太い男の声が上がったので、フルートとゼンはびっくりしてそちらを見ました。一人のたくましい男がフルートの前に立っていました。――それは、源の間でフルートがドルーンに駆け寄ろうとしたとき、「汚らわしい人間のくせに!」とどなってフルートを突き飛ばしたドワーフでした。
「おまえはヤツを助けようとしてくれていたんだ。なのに、俺はそれをはねのけた。ドルーンを死なせたのは、この俺だ。悪いのはみんな、この俺なんだ!」
 深い深い後悔と自責の念が、その顔に刻まれていました。
「すまない、金の石の勇者! すまない、ドルーン……!!」
 男は声を上げて大泣きに泣き出すと、そのまま、よろめきながら広場を出て行きました。
 祝宴に集まった人々は水を打ったように静まりかえっていました。
 ゼンの父親が、低い声でフルートに言いました。
「あいつはドルーンの友人だったんだ……。わかっていたら、あいつだって邪魔したりはしなかった。許してやってくれ……」
 フルートは唇をかみしめたまま、じっと自分の膝を見つめ続けていました。広場はしんと静まりかえったまま、誰の話し声も聞こえてきません。堅く重苦しい空気が包み込んでいます。

 すると、フルートが、すっくと立ち上がりました。広場中のドワーフが注目する中、大きく息を吸うと、声を張り上げます。
「ぼくの話を聞いてください! 大切な話をしたいんです……! 確かにグラージゾは退治されました。でも、ロムドの国の南からは黒い霧がわき起こっていて、それがどんどん広がっています。黒い霧は、北の峰に来ると黒い雪になるんです。邪悪な気配がする雪で、グラージゾも、この雪の影響で凶暴になりました。このままでは、またグラージゾのような危険な敵が現れるかもしれません。ドワーフの洞窟だけでなく、世界のいたるところで、同じような危険が次々に起こってくるでしょう――!」
 そこで、フルートはちょっと息をつぎ、自分を見つめるドワーフたちの顔を見回しました。
「ぼくは、その黒い霧の源へ行って、霧を打ち払わなくちゃいけないんです。でも、ぼく一人じゃできません……。お願いです。ぼくと一緒に、霧の源まで行ってくれる人はいませんか? ぼくは、仲間を捜しているんです!」
 とたんに、フルートを見つめる目が宙を泳ぎ、広場のあちらこちらでざわめきが起こりました。互いに顔を見合わせ、口々に何かを話し合います。その顔は、一様に恐怖と不安の表情を浮かべていました。
 ドワーフは、元来とても勇敢な種族です。けれども、この洞窟に住んでいるドワーフは、生まれてこの方、洞窟から一歩も外に出たことのない者がほとんどなのです。彼らにとって、洞窟の外は、死後の世界にも似た、未知で恐怖の世界でした。いくら勇敢な彼らでも、そこへ飛び出していくというのは、なかなか思い切れないことなのでした。
 どこからも返事がないので、フルートはがっかりして肩を落としました。
 城の占い師のユギルは、北の峰に行けば仲間が見つかる、とフルートに告げました。でも、実際のところ、ドワーフが仲間になる、とは言っていなかったのです。
 どこか別の場所を当たらなくちゃいけなかったんだろうか……とフルートはうつむきながら考えました。
 それとも、あの占い自体が、何かの間違いだったんだろうか……?

 その様子を見て、ゼンの父親が、やれやれ、という表情で首を振りました。ドワーフにしては大柄な体を起こして口を開こうとしたとたん、隣から元気な声が上がりました。
「俺が行くさ! 俺がフルートと一緒に行く! 決まってるじゃないか!」
 ゼンが、椅子の上に立ち上がって叫んでいました。
 ゼンの父親はびっくりして、すぐに、あきれた顔になりました。
「おい、ゼン。俺が今、それを言おうとしていたんだぞ。フルートと行くのは俺だ。おまえみたいな半人前が一緒に行って、なんの手助けになると言うんだ」
 すると、ゼンは父親に向かって下唇を突き出しながら言い返しました。
「いくら親父の言うことでも、これだけは聞けないぜ。地底湖でこいつと一緒に戦ったときから決めていたんだ。俺が行く! フルートの仲間は、この俺さ!」
 ゼンの父親は、また、やれやれというように首を振りました。
「しかたがない。では、我々親子でフルートについていくとするか。ゼンも、いれば少しは役にたつこともあるだろう」
「いや、おまえは行ってはいかん、ビョール」
 とゼンの祖父が自分の息子に言いました。
「さっき、フルートも言っておったように、北の山脈に降った黒い雪が、虫や獣を狂わせている。おまえたち猟師がいなければ、とても対抗できない。おまえは北の山脈の猟師の組頭だ。おまえが金の石の勇者についていくと言えば、必ず、猟師たちの半分はおまえについていく。今のこの状況で、それは許されんことだ」
「し、しかし、じいさま……」
 ゼンの父親は驚き、不満そうに言い返しました。その表情は、さっき彼に不満を唱えたゼンと瓜二つでした。
「ゼンはまだ十一歳だぞ。こんな子どもに何ができると言うんだ」
「それは、やらせてみなくては分かるまい。少なくとも、この子どもたちは二人だけでグラージゾを倒した。定めを証明しているのかもしれんぞ」
 それを聞いてゼンは大喜びしました。
「そうそう! 子どもだからって、馬鹿にしたもんでもないんだぜ! それに、俺はフルートと同い年だ。フルートが金の石の勇者なら、俺だって、立派にその仲間になれるさ!」
 ゼンの父親は憮然とした表情になると、椅子にどっかと腰を下ろして、フルートを横目で見ました。
「仲間を選ぶのは金の石の勇者だ。フルートに決めてもらおう」
「俺だったら! 俺、俺! なあ、フルート!?」
 ゼンが椅子から飛び降りてフルートに言いました。
 フルートは真剣な顔でゼンを見つめ返しました。
「ゼン……ぼくが行くのは本当に危険な場所だよ。正体はまだ分からないけど、ものすごく邪悪なものが潜んでいるところなんだ。正直、死ぬのかもしれない、って考えてるよ。金の石の力だって間に合わないかもしれない……。それでも、一緒に行ってくれるのかい?」
 すると、ゼンもフルートに負けないくらい真剣な表情になりました。
「俺がいいかげんな気持ちでこんなこと言ってると思うのか? 誰が何と言おうと――たとえ、おまえが俺を選ばなくても、俺はおまえと一緒に行くぞ。もう決まってるんだ」
「ゼン……」
 フルートは、通路でゼンがフルートを追いかけてきたときと同じように、胸が熱くなって、思わず何も言えなくなりました。ゼンは、まっすぐな目でフルートを見つめています。揺るぎのない、信頼の目です。
 フルートは、やっとのことで、こう答えました。
「ありがとう、ゼン……。一緒に行こう。霧の源へ……」

 「ぃやったぁ!!」
 ゼンは拳を握ってガッツポーズを取ると、フルートの肩を抱きしめて笑いました。
「へへへーっ! おまえは放っておくと、どんどん自分から危険な方に飛び込んでいくもんな。俺がしっかり援護してやらぁ。頼りにしてろよ!」
「ゼン……」
 フルートが思わず泣き笑いの表情を見せると、ゼンは急に心配そうな顔になりました。
「子どもの俺が仲間だと、不安か、フルート……?」
 フルートはあわてて首を横に振りました。
「ううん、嬉しいんだよ。君が仲間になってくれて、すごく嬉しいんだ。本当はぼくも、君が来てくれたらいいなって、ずっと思っていたんだ。君が追いかけてきてくれた時から、ずっと……」
「フルート……」
 ゼンも思わず涙ぐむと、あわてて鼻をすすって、父親を見ました。
「ってことだぜ、親父。ちょっとフルートと行ってくる。行って、黒い霧の中のヤツをぶっ飛ばしてきてやる!」
「行ってこい、ゼン」
 息子に負けた父親は、苦笑いを浮かべながら言いました。
「精一杯やってこい。これでもう、おまえも一人前だ。ドワーフの猟師として、立派に戦ってこい」
 おーーっ!! と、どよめくような歓声がわき起こりました。広場に居合わせたドワーフたちが、いっせいに声を上げたのです。
 ゼンの祖父が立ち上がって、ひときわ通る声で言いました。
「では、我々は、ビョールの息子ゼンを、金の石の勇者の仲間として送り出すことにする。二人の上に、鍛冶の神と大地の女神の守護があらんことを!」
「鍛冶の神と大地の女神の守護あれ!!」
 と広場のドワーフたちがいっせいにそれに唱和しました。


 あとになってから、ゼンの祖父がゼンとフルートにこっそりと言いました。
「本当はな、わしがフルートと一緒に行こうと思っとったんだ。わしもビョールも、ゼンに出し抜かれてしまったなぁ」
「へへん。いくらじいちゃんでも、こればっかりは絶対に譲れないね」
 ゼンは祖父にそう言い返すと、得意そうに笑いました――。


(ここまで、2005年2月19日)







素材提供 STAR DUST