
21.グラージゾ
耳をふさぐような激しい音と共に、グラージゾが姿を現しました。
ゆるやかな下り坂になった通路の下の方から、真っ赤な頭が見えてきます。二本の青い触覚がせわしく動き回り、六つの複眼がぎょろぎょろとあたりを見回しています。
と、その眼がひたとフルートたちの上に止まりました。ガガガガ……という音が止みます。それはグラージゾの足音でした。何十本という足が、歩くときに次々と岩を叩いて、激しい音を立てていたのです。
頭の先の黒いくちばしが、大きく左右に開きました。
キキキキィィィ……!!
金属がきしみ合うような鳴き声が響き渡ります。
剣を手に身構えるフルートの後ろで、ゼンがきりきりと弓を引き絞って、矢を放ちました。茶色い木の矢は、空を切りながら、まっすぐグラージゾの頭を目ざして飛んでいきます。
すると、突然グラージゾの体がぐんと大きくなりました。青い長い二本の前足と無数の短い足がついた体が、通路の天井すれすれまで伸び上がります。上半身を起こしたのです。そうした姿は、本当に巨大なムカデそっくりでした。
矢がグラージゾの腹に当たってはじき飛ばされました。床に置かれたランプが放つ淡い光に、グラージゾの体が鈍くきらきらと光ります。表面をおおっているダイヤの原石です。
「ちっ。けっこう密に埋め込んでるんだな」
とゼンが舌打ちしました。
グラージゾはちょっとの間、迷うようにゼンとフルートを見比べ、すぐにゼンに視線を定めました。獲物を決めたのです。一瞬頭を後ろに引くと、飛び出すような勢いでゼンにかみついてきます。
「せいっ!!」
フルートが素早く剣でグラージゾの頭を切り払いました。
一瞬早くグラージゾは身をかわしましたが、剣はその首のあたりをかすめ、炎を吹きました。節だらけの体に、ぼっと火の手が上がります。ダイヤモンドに火がついたのです。
キシシシィィィィ……!!!
グラージゾは悲鳴を上げると、体を大きく左右に振って、通路の岩壁にぶつけました。壁にひびが入り、岩のかけらが飛び散ります。グラージゾの体から火が消えていきます。
けれども、その間に、ゼンは次の矢をつがえて撃っていました。
ヒュン……ガキン!
また堅い音がして、矢がはね返されました。 グラージゾは長い年月をかけて、自分の体のほとんどすべての部分を、ダイヤの堅い鎧でおおってしまっていたのです。ゼンは目を鋭く細めました。
「体を狙っても矢は刺さらないか……。弱点はどこだ……?」
とつぶやきます。
再びグラージゾが襲いかかってきました。狙いはあくまでもゼンです。ドワーフだけをエサと見ているのです。フルートは素早くゼンの前に立って、真っ正面から炎の剣を振りました。剣の先から炎の塊が飛び出していきます。
グラージゾは一瞬のうちに身を引き、警戒するような声を上げました。
キィィキキキィィ……!!
耳障りな甲高い声です。
黒い複眼が、フルートのほうを見据えました。火を使う邪魔なチビ助を先に始末しよう、と考えたようです。フルートは剣を構え直しました。
とたんに、ゼンの声が響きました。
「危ないぞ、フルート!!」
その声と同時に、グラージゾがまっすぐ突進してきました。赤い頭を弾丸のような勢いで前に突き出して来ます。フルートは、頭突きをまともに食らって、後ろに吹っ飛びました。
「フルート!!」
思わず叫んだゼンに、グラージゾが襲いかかってきました。長い前足を振り上げ、ドワーフの少年めがけて振り下ろします。
「うわっとぉ……!」
あわてて身をかわしたゼンの背中に、前足の鎌が振り下ろされました。毛皮の服が切り裂かれ、血が噴き出します。
ゼンは悲鳴を上げて、その場にうずくまりました。グラージゾの毒がたちまち体にまわり、しびれて動けなくなります。
「ゼン!!」
フルートは跳ね起きると、かたわらに伸びている虫の体めがけて、思いきり剣で切りつけました。
炎の剣は、ダイヤの原石ごとグラージゾの体を切り裂き、ぼっとまた火を吹きました。
キキキ・キキキキキィィィ……!!!
グラージゾが悲鳴を上げてのたうちます。
その隙に、フルートはゼンに駆け寄り、金の石のペンダントを首から外して押し当てました。
体を丸め、死人のような顔色で倒れていたゼンに、血の気が戻り、背中の傷がたちまち治っていきました。ゼンはすぐに飛び起きました。
「ひゅう、動けるようになったぞ。すごい効き目だな。ありがとよ、フルート!」
フルートは小さくうなずくと、ペンダントを首に戻し、素早くまた剣を構えました。
グラージゾは、岩壁に体をこすりつけて火を消していました。頭を高々と持ち上げて、こちらをうかがっています。
「ヤツめ、炎の剣を警戒してるぞ」
とゼンが言いました。
フルートは炎の剣を高々と振りかざすと、一歩前に踏み出しました。グラージゾめがけて、また炎の弾を撃ち出そうとします。
すると、突然またガガガガガガ……と耳をふさぐような足音が響き始めました。グラージゾの体が後ろに下がり始め、あっという間に通路から消えていきます。
「あ、待て、この野郎!!」
ゼンはあわてて矢を撃ちましたが、怪物はすでに通路から姿を消していて、矢は何もない空間をむなしく貫いただけでした。
グラージゾの足音が遠ざかっていきます。
ちっ、とゼンがまた舌打ちをしました。
「逃げたな。地底湖に戻ったんだ」
フルートは炎の剣を背中の鞘に戻すと、難しい顔をしました。
「水の中に逃げられたら、炎の剣の威力も半減するね」
「それがヤツの狙いだろう。あいつの目を見て、はっきりわかった。あいつ、頭がいいぜ。俺たちと同じくらい、いろいろなことを考えてやがる。作戦を立てて、俺たちと戦うつもりだ」
そう言ってから、ゼンは、急に声の調子を変えました。
「それより、フルート、おまえ大丈夫なのか? グラージゾの体当たりを食らって吹っ飛ばされたのに。怪我してないのか?」
「ああ」
フルートは笑いました。
「なんでもないよ。ぼくの着てる鎧は特別製なんだ。それに、もし怪我をしても、金の石が治してくれるよ」
それを聞くと、ゼンは腕組みをしました。
「確かにその石の効き目はすごいな。あっという間に毒が消えていくのがわかったもんな。でも、いくら鎧や石に守られていたって、痛みは感じるんだろう? 無茶はするなよ」
ゼンは本気で心配してくれていました。フルートはほほえんでうなずきました。
「うん、ありがとう……。ゼンも気をつけてね。金の石は怪我や病気は治せるけど、死んでしまった人を生き返らせることはできないから」
「わかった。もう、あんなドジは踏まないぜ」
そう言って、ゼンはグラージゾの去った通路の向こうへ、矢をつがえて見せました。手にしていたのは、鋼の矢でした。
「さあ、行こうぜ。ヤツは地底湖だ。今度こそしとめて、『力のルビー』を取り返してやる」
そこで、フルートは床の上から光る石のランプを取り上げ、ゼンと一緒にまた通路を下り始めました。
地下へ。グラージゾの待ち受ける地底湖へ、と……。
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