フルートの冒険・1 〜黒い霧の沼の戦い〜

4.勇者志願

 フルートは馬に乗って、街道をずっと歩き続けました。
 普段なら旅人や行商人でにぎわう街道も、黒い霧のせいで、ほとんど人通りがありません。時々小さな町や村を通り抜けましたが、どこでも、人々は灯りのついた家の中でじっと息を潜めているようでした。
 夜が来ると、あたりは目の前にかざした自分の手さえ見えないほどの暗闇に包まれました。夜でも月や星が出ればその明るさでいくらか景色が見えるのですが、黒い霧が空も地上もおおってしまっているので、まるで見通しがきかないのです。しかたなく、フルートは街道脇で野宿をすることにしました。
 火をおこしてたき火をしようにも、何も見えないので薪を集めることができません。フルートは手探りで荷物の中からパンと水筒を取り出すと、それで簡単な夕食をすませ、マントにくるまって地面に寝転がりました。そばにはフルートの馬が立っています。
 フルートは野宿は初めてではありませんでした。お父さんの手伝いをして、外で牛の番をしながら寝たことが何度もあります。道ばたの地面は固かったのですが、二、三度寝返りを打つと、昼間の旅の疲れもあって、たちまち眠りに落ちてしまいました。夢うつつで遠くにオオカミの遠吠えを聞いたような気がしましたが、オオカミもこの黒い霧におびえているのか、近くにはあらわれませんでした。

 朝が来ると、空に黒い太陽が上ってきて、霧の中に景色が見えるようになってきました。
 フルートはパンと水と干し肉で簡単に朝食を取ると、また馬に乗って進み始めました。薄黒い霧は、どこまでも続いています。その日一日、フルートは食事や休憩のために時々立ち止まるだけで、ひたすら歩き続け、夜が来ると道ばたでまた野宿をしました。
 三日目には、フルートがゴーリスと来ようとしていたビスクの町に着きました。
 この町にも黒い霧はたれ込めていましたが、さすがに大きな町だけあって、通りのあちこちにはかがり火がたかれ、店が開き、人々が通りを行き来しています。
 フルートは残り少なくなっていた食料を買い足し、水くみ場で水筒に水をいっぱい詰めると、あとはどこにも寄り道をせずに、また街道に戻りました。心なしか、黒い霧が少しずつ濃くなってきているようです。時間が経てば経つほど、フルートの胸騒ぎが強くなってきます。
『急がなくちゃ……』
 フルートは心の中でつぶやきながら、ビスクの町を抜け、ディーラの街目ざして進み続けました。

 そんなふうにして旅を続け、六日目の朝、とうとうフルートはディーラに到着しました。丘の上に、周囲をぐるりと石壁で囲まれた街が広がっています。街の中央には、高い塔のある立派な城が見えます。それが、ロムド国王の居城でした。
 フルートは街の門をくぐり、大通りを通って城を目ざしました。
 城下町はさすがに賑やかで、ビスクの町よりもっとたくさんのかがり火がたかれ、人々は薄暗い霧の中でも普段通りの生活をしていました。広場ではものを売り買いする人たちの声が賑やかに行き交い、裏通りからは子どもたちの遊ぶ声が響き、教会からは神を賛美する歌声が流れてきます。でも、よく聞くと、その歌声は、この黒い霧が早く空から消えて、また日の光が地上に降り注ぐように、と神に祈っているのでした。

 ようやく城門の前にたどり着いたとき、フルートはびっくりして目を丸くしてしまいました。
 城の前に百人以上の人が集まっていて、ずらりと列を作って並んでいたからです。がっしりした体格の、見るからに強そうな男の人たちばかりです。鎧兜を身につけている人の姿もあちこちに見えています。暗い霧の中でも、その場所だけは霧をはねのけるような、むっとする熱気に包まれていました。
 フルートは馬から下りると、手綱を引きながら、列の一番後ろにいた人に話しかけてみました。
「あのぅ……これは何の行列なんですか?」
 振り返ったのは、全身はち切れそうな筋肉をした背の高い男の人でしたが、小さなフルートを見ると、声を立てて笑い出しました。
「おやおや! 君が金の石の勇者なのかい? これはまた、かわいらしい勇者もいたもんだ!」
 フルートは、いきなり金の石の勇者と言われて思わずどきりとしましたが、すぐに自分がからかわれていることに気がつきました。
「……おじさんも金の石の勇者なんですか?」
 と用心深く聞き返すと、男の人は目を丸くしました。
「おっと。おじさん『も』と来たか! では、やっぱり君も金の石の勇者志願なんだな。こいつはたまげた!」
 そう言って、ますます大きな声で笑い出したので、前に並んでいた人たちが振り返って、じろじろと面白そうにフルートを眺めました。
「おいおい、チビさん。ここは国王様に呼ばれた勇者が順番待ちをしているところだぞ」
「おまえは十年早い。出直してこい」
「小姓の受付窓口はあっちだ。行った行った」
 どっと笑い声が上がりました。
 フルートは眉をひそめました。
「おじさんたちはみんな金の石の勇者なんですか? 魔法の金の石って、そんなにたくさんあるの?」
 とたんに、男たちはどおっと、前より大きな笑い声を上げました。
「もちろんあるとも。ほら、これが俺の金の石だ」
「俺様のはこれだぞ。本物の金塊だ。大したものだろう」
「何だ、そんなものは大したことない。私のは魔金だ。ダイヤモンドより丈夫な、魔法の金だぞ」
 男たちが、口々に言いながら、自分の服や荷物の中から金色の石を取りだして見せ合いました。中には、ただの石を金色に塗っただけのものを持っている人もいて、フルートはすっかりあきれてしまいました。
「そんなの、魔法の金の石じゃないでしょう」
 と思わず口に出して言うと、男たちはまたいっせいに笑いました。
「魔法の金の石など、ただのおとぎ話だ。本当にあるわけがないだろう」
 と最初にフルートと話した男の人が言いました。この人は、金によく似た黄銅鉱という金属の塊を持っていました。
「国王は強い勇者が欲しいのさ」
 と別の男が言います。
「強力な軍隊を作るという噂だな。隣のエスタ王国と戦争が始まるというじゃないか」
「この黒い霧も、エスタ王国の魔導師の仕業だという噂だぞ……」
「では、いよいよ全面的にエスタと開戦か?」
 大人たちの話は、いつの間にか隣国の陰謀と戦争の話題に移っていました。

 フルートは黙って話に耳を傾けながら、頭の中で状況を整理していました。
 どうやら、多くの人たちが、この霧を隣の国からの魔法攻撃だと考えているようです。国王が金の石の勇者を呼んでいるのは、隣の国と戦うための軍隊を作る口実なのだろう、と考えて、こうして大勢の力自慢が城に集まってきているのでした。
『でも……』
 とフルートは心の中でつぶやいて、そっと服の上から金の石のペンダントを押さえました。
 魔法の金の石は、おとぎ話でも何でもなく、ここに実在しています。そして、フルートは正真正銘、本物の金の石の勇者なのです……。
 フルートは、大人たちにさんざんからかわれながらも、黙って列の後ろに並び続けていました。

 そして、そんなフルートを、城の見張り門の上からじっと見つめている黒い影がありました。
「やっと来たな、金の石の勇者」
 影はそうつぶやくと、滑るように門の上の窓から姿を消していきました。







素材提供 STAR DUST