フルートの冒険・1 〜黒い霧の沼の戦い〜

3.旅立ち

 それから七日が過ぎました。
 謎の黒い霧はずっと居座ったままです。
 シルの町の人たちは、毎朝目を覚ますと、今日こそ霧が消えているのではないかと期待して窓を開けましたが、さすがに一週間が過ぎるあたりから、だんだん絶望的な気持ちになってきました。
「いったいどうなっているんだ、この霧は?」
「お天道様が全然顔を出さないぞ」
「このままでは畑の作物が枯れてしまう」
「ひょっとしたら、もう二度と昼間が来ないんじゃないのか……?」
 人々は、顔を合わせるたびにそんな話をしていました。黒い霧が、人々の心にも不安な闇を運んできているようでした。
 フルートの家でも、お父さんが毎日暗い顔をしていました。
「牛たちがこの霧におびえて乳を出さなくなっているんだ。これはただの霧じゃないぞ。黒いだけじゃなく、なにか邪悪な気配が漂っているようだ……」
 けれども、そう聞かされても、フルートやフルートのお母さんには何もできることはないのでした。
 霧が出てから、学校は休みが続いています。フルートは毎日窓から外を眺めながら、ゴーリスが戻ってくるのをじっと待ち続けていました。

 すると、八日目の朝早く、ロムド国王からの使者がやってきて、町の広場に立て札を立てていきました。王家の紋章が入った白い看板には、こんなことが書かれていました。

『勅令
ロムドの国を謎の黒い霧がおおいつつある。しかし、この霧は人身、動植物には直接被害を及ぼすものではないと思われる。いたずらに心惑わすことなく、落ち着いて行動をするように。
ついては、金の石の勇者を召喚する。魔法の金の石を持つ者は、速やかに我がもとへ登城するように。      国王 ロムド十四世』


 国王からの命令には少し難しいことばが使われていましたが、要するに、黒い霧には直接の害はないからあわてないように、ということと、金の石の勇者は国王の城に来るように、ということを言っていました。
 これを読んで、シルの町の人たちは驚きました。黒い霧がこのあたりだけでなく、ロムドの国全体を広くおおっているらしい、とわかったからです。この霧は、いったいどこから来て、どこまで広がっているのでしょう。ただ、霧を吸ったから病気になる、ということはないようなので、その点では少しだけ安心しました。
 そしてもうひとつ、国王が金の石の勇者を呼び出したことにも、シルの人々は驚きを隠せませんでした。魔法の金の石のことは、シルの町に住む人間ならば、どんな子どもでも知っています。町の西にある魔の森の奥、金の泉のほとりにあって、たくさんの魔物や怪物たちに守られている、と語り継がれているのです。その石を持ち帰った者は真の勇者と呼ばれる、と言われています。
 ……フルートがその金の石を持っているとは、町の人たちは誰も想像さえしていませんでした。

 町で国王の命令を読んだお父さんが、家に帰ってきて、フルートたちにそれを教えました。
 お母さんはたちまち心配そうな顔になりました。
「何かの間違いじゃないの? 国王様がフルートをお呼びになるだなんて……。それに、こんな得体の知れない霧の中を、フルートに国王様の城まで行かせるだなんて、絶対に無理よ」
「ゴーリスの話では、金の石の勇者が闇の危険からこの国を救う、と占い師が予言した、ということだったな?」
 とお父さんがフルートに言いました。
「それが本当なら、国王様は金の石の勇者にこの霧を払わせるお考えなんだろう。だが、おまえにそんな力があるとは、正直、私にも思えないよ」
 フルートは金の石のペンダントを首から外して、それを見つめていました。心配する両親に何も答えようとしません。石はランプの光を受けて柔らかい金色に輝きながら、時折、奥の方からきらり、きらりと澄んだ光を放っていました。
 そんな息子の様子に、お父さんは小さなため息をつきました。
「しかし、決めるのはフルート自身だ。フルートは確かに魔法の金の石を持っているんだからな。おまえはどうしたいんだ?」
 そう聞かれて、フルートはお父さんを見上げました。
「ぼくは、お城に行くよ。時が来たら、ぼくは呼ばれるんだ、って泉の長老が言っていたんだ。邪悪な気配のする霧がロムドの国をおおって動かないでいる。きっと、今がその『時』なんだと思うんだ。ぼくは、行かなくちゃいけないんだよ」
 フルートは迷いのない目をしていました。
「まあ、フルートったら――」
 お母さんはあわてて息子を止めようとしましたが、お父さんはそれをさえぎりました。
「金の石の勇者には役目がある。フルートがその運命に定められていたら、私たちが何を言っても、それを止めることはできないんだよ」
 けれども、その口調はまるで、言いたくもないことを宣言している人のようでした。
 それを聞いて、フルートはにっこりしました。
「ありがとう、お父さん。ぼく、行ってくるからね」

 そこで、フルートの両親は、大急ぎでフルートの旅支度を整えました。
 お父さんは牧場の仕事があるし、お母さんは家を守る仕事があるので、フルートと一緒に国王の城まで行くわけにはいきません。息子が安全に一人旅できるように、二人はできるだけの準備をしました。
 食料と水、薬や薬草、毛布や衣類や小さな鍋などが、フルートの馬の背に積み込まれました。ゴーリスがフルートのために準備してくれた茶毛の馬です。フルートは普段着の上に厚地のマントをはおって、腰に自分のショートソードを下げました。
 お父さんが銀貨の入った袋をフルートに手渡しながら言いました。
「これが旅費だ。国王様の城まで行って帰って来るには十分とは言えないが、うちで準備してやれるのはこれで精一杯なんだ。大切に使うんだぞ」
 フルートは大きくうなずきました。自分の家が決して裕福でないことは、フルートもよく承知していたのです。

 フルートは家の外に出ると、荷物を積んだ馬にまたがりました。
「せめて、ゴーリスが一緒にいてくれれば良かったのに……」
 お母さんは最後の最後までフルートの心配をしていました。
 フルートはまた、にっこり笑うと、マントを跳ね上げて腰のショートソードを見せました。
「大丈夫だよ、お母さん。ぼくだって自分の身を守れるくらいには強くなったし……いざとなったら、どんな怪我でも治せる金の石があるんだから」
「おまえの上に、神様のご加護があるように」
 とお父さんがフルートの道中の無事を祈ってくれました。
 フルートは両親に手を振ると、荒野に向かって出発しました。

 ロムド国王の城は、シルの町から東の方角にあります。城に至る街道は町中を通っていましたが、フルートは人目につきたくなかったので、町の外側の荒野をぐるりと通って、町はずれのあたりで街道に入りました。街道には、馬車が走りやすいように、赤茶色の石がずっと敷き詰めてあります。
 街道のすぐ近くにゴーリスの家があったので、フルートはついでに寄ってみましたが、やっぱりゴーリスは帰ってきていませんでした。フルートはちょっとがっかりして、すぐにそんな自分に苦笑いしました。心のどこかにゴーリスに頼りたい気持ちがあったことに気がついたのです。
 フルートは頭を上げると、街道の行く手を見ながら、声に出して馬に話しかけました。
「さ、急ごう。国王様の城があるディーラの街に行かなくちゃ――」


 霧のたれ込める街道を進んで行くと、シルの町の終わりを示す門のそばに、一人の少年が立っていました。ガキ大将のジャックです。
 ジャックは門に寄りかかって腕組みをしていましたが、馬に乗ったフルートが近づいていくと、話しかけてきました。
「やっぱり国王の城に行くんだな。ここで待っていれば、きっとおまえが通るだろうと思っていたんだ」
 ジャックは、金の石を求めて一緒に魔の森へ行った仲間です。ゴーリスとフルートの両親をのぞけば、フルートが魔法の金の石を持っていることを知っている、たった一人の人間でした。
 フルートはうなずきました。
「呼ばれたからね。呼ばれたら、ぼくは行かなくちゃいけないんだ」
 ジャックは口をへの字に曲げて、ふん、と鼻を鳴らしました。
「罠だとは考えねえのかよ。こんな怪しい霧が蔓延してるんだぞ。金の石の勇者を目障りに思う奴らが、罠を仕掛けて待ち伏せてるかもしれねえだろうが」
 それを聞いて、フルートはにっこりしました。ジャックのことばはぶっきらぼうですが、フルートを心配して言ってくれているのがわかったからです。
「その時はその時さ。何とかなるよ」
 と答えて、自分の服の胸元をぽんと叩いて見せます。
「それに、ぼくにはこれがあるからね」
「魔法の金の石か」
 ジャックは苦々しげに言いました。
「以前はそいつが欲しいと思ったが、今となっては、もう絶対にいらねえぞ。そんなものを持っていたら、この先、どんな恐ろしい目に遭うかわからねえもんな」
 フルートは、それには答えずにただほほえみ返すと、手を振って見せました。
「じゃあ、行ってくるね。見送りありがとう」
 ふん、とジャックはまた不愉快そうに鼻を鳴らしました。
「やっぱりおまえはいけ好かないヤツだぜ。とっとと行っちまえ。途中でくたばったりするんじゃねえぞ」
「うん、ありがとう」
 フルートはまたにっこり笑うと、門をくぐって街道を進み始めました。
 めざすはディーラの街。フルートは振り返ることもなく、前だけを見つめて進んでいきます。
 そんなフルートの姿が荒野の彼方に見えなくなるまで、ジャックはずっと見送っていました……。






素材提供 STAR DUST