フルートの冒険 始まりの物語 〜魔法の金の石〜

10.奇跡

 フルートを乗せて、ゴーリスは馬を走らせました。
 沢に沿って駆けていくと、森は彼らの前で次々に枝を引き、道を開けていきます。その様子に、ゴーリスが言いました。
「不思議だな……森が俺たちを通している。こんなことは今まで一度だってなかったのに。おまえたちを探しに来たときにも、ひとりでに森がこの道を開いて、おまえたちの所まで案内したような感じだったんだぞ」
 フルートは、泉の長老の顔を思い浮かべました。きっと、長老が道を作ってくれているのに違いありませんでした。

 やがて、馬は森を抜け、荒野に飛び出しました。
 荒野はもう夕暮れでした。赤く染まった空の下になだらかな丘が続き、その向こうにフルートたちの町が見えます。
「急いで!」
 とフルートは言いました。
 けれども、ゴーリスが言いました。
「そんなに焦るなよ。こいつは年寄り馬だ。二人も乗せて森の中を早駆けさせたんだから、少し休ませないとな。それに、もう日暮れだ。馬が窪地に足を取られたら大変だぞ」
 フルートは唇をかみました。……今日はもう、何度こうして唇をかみしめたことでしょう。

 すると、荒野の中に、ぽつんと白い馬の姿が見えました。フルートを乗せてきたブランです。
「ブランが待ってた!」
 フルートは喜んで声を上げると、白馬に駆け寄りました。
「やれやれ。おまえの家の馬がいたか」
 ゴーリスが、ほっとしたように言いました。これでお役ご免、と安心しているようでした。
 フルートはブランに飛び乗ると、両足で馬の腹を蹴って言いました。
「走れ、ブラン! 家まで突っ走るんだ!!」
 ブランは一声いななくと、全速力で町に向かって駆け出しました。
「おいおい」
 ゴーリスがあきれたようにそれを見送りました。
「いったいどうしたって言うんだ。競争でもしているのか?」
 フルートを乗せた馬は、みるみるうちに遠ざかっていきます。ゴーリスは、ふーむ、とうなって、ひげだらけの顎をなでました。
「……しょうがない。最後までつきあってやるか」
 そうつぶやくと、ゴーリスはフルートの後を追って、これまた全速力で馬を走らせ始めました。


 フルートが町はずれの自分の家に着いたとき、日はとっぷりと暮れ、空には星がまたたき始めていました。フルートは、玄関のドアを開けて家に飛び込みました。
 家の中は真っ暗で、部屋の中には誰もいませんでした。さっきまであんなに大勢集まっていた大人たちが、みんないなくなっています。
 フルートの心臓が早鳴り始めました。フルートは間に合わなかったのでしょうか? お父さんはもう、死んでしまったのでしょうか……?

 すると、奥の部屋のドアが開いて、医者が顔を出しました。
「誰だね?」
 ドアの隙間から灯りがもれて、フルートを照らし出します。すると、医者は歓声を上げました。
「おお、フルートか。良かった! おまえが魔の森に行ったという知らせが入ったんで、みんなおまえを捜しに行ったんだぞ。やれやれ、とんでもない誤報だったな」
 フルートはそれには答えず、今にも息が止まりそうなくらいどきどきしながら、奥の部屋に近づいていきました。
「先生……お父さんは……?」
 医者は、何とも言えない表情でフルートを見つめました。
「今はまだ生きている。だが、今夜一晩もたないだろう……。お父さんのそばに行って、話しかけてあげなさい。今ならまだ聞こえるかもしれん」
 そこへ、フルートの後を追って、ゴーリスが入ってきました。 薬の匂いが充満した暗い部屋に眉をひそめ、医者に向かって尋ねます。
「何があったんだ……?」
 医者が、ゴーリスに低い声で話を始めます。
フルートは、それを後ろに聞きながら、急いで奥の部屋に入っていきました。

 ランプの光の中に、お父さんが横たわっていました。フルートが家を出たときと同じように、体中に包帯を巻かれてベッドに寝ています。
 けれども、その口からはもう、うめき声は出ていませんでした。ただ、浅くて早い呼吸が、今にも止まりそうになりながら続いているだけです……。
 お父さんの枕元にお母さんひとりがひざまづき、お父さんの手を握りしめていました。お父さんの顔を見つめ続けるお母さんの瞳から、涙が後から後からあふれていました。

 フルートは、大きく息を吸い込むと、そっとベッドに近づいていきました。お父さんの枕元に立って、声をかけます。
「お父さん……」
 お父さんの返事はありませんでした。
 フルートは大急ぎで首から金の石のペンダントを外すと、それをお父さんの胸の上に置きました。
「フルート……?」
 お母さんが、泣きぬれた目を上げて、不思議そうに息子を見ました。

 すると、突然、お父さんが大きなうめき声を上げました。
 お母さんとフルートは、びっくりして飛び上がりました。
 お父さんの体が二度三度と大きくのけぞります。その息づかいが、急にはっきり規則正しくなっていくのが、そばにいるだけで分かりました。包帯の隙間からのぞく傷やあざが、みるみるうちに消えていきます。
「あなた……!?」
 お母さんが信じられないようにお父さんを見つめました。フルートも、お父さんの腫れ上がった顔がたちまちもとに戻っていくのを、息を詰めて見守っていました。
 お父さんが目を開けました。フルートそっくりの青い目が、妻と息子を見上げます。
「ハンナ……フルート」
 お父さんは、はっきりとそう言いました。
 お母さんは悲鳴を上げると、そのまま、声を上げて泣き崩れてしまいました。嬉し泣きです。

 その泣き声を聞きつけて、医者とゴーリスが部屋に入ってきました。沈痛な表情をしています。フルートのお父さんが、とうとう亡くなったのだと思ったのです。
 ところが、お父さんがベッドの上に起きあがったので、二人はびっくり仰天しました。
 お父さんは、包帯だらけの自分を見回して、不思議そうに言いました。
「私はいったいどうしたんだ? 何があったんだ?」
 医者が震えながら近づいてきて、大急ぎでお父さんから包帯をほどいていきました。お父さんは、体中どこにもかすり傷ひとつ負っていませんでした。
「信じられん! 全身の骨が折れていたのに! 内臓も何もかも、めちゃくちゃになっていたはずなのに……! 奇跡だ!!」
 医者が天を振り仰いで叫びました。
 お父さんは、きょとんと、不思議そうな顔をしていました……







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