
9.金の石
泉から流れ出る川に沿ってフルートが歩いていくと、ほんの五分ほどでジャックが落ちた崖の下に着きました。深緑の苔におおわれた岩の陰に、ジャックが片足を抱えて倒れていました。その顔は激痛と恐怖で真っ青ですが、それでも、必死に歯を食いしばってこらえています。その手は折れた祖父の剣を堅く握りしめていました。
フルートは急いで駆け寄って声をかけました。
「ジャック、大丈夫?」
ジャックが目を開けて、信じられないようにフルートを見ました。
「おまえ……生きていたのか……」
ジャックはてっきりフルートが蛇に食われたものと思い、次は自分の番だとおびえていたのでした。フルートは、にっこりして見せました。
「もう大丈夫だよ。蛇はいなくなっちゃったからね」
それから、フルートはジャックの足を調べてみました。右の足首が変な方向にねじ曲がって、ひどく腫れ上がっています。確かに骨が折れているようです。
「ちょっと待ってね」
とフルートは言うと、首から下げていた金の石のペンダントを外しました。少し考えてから、石をジャックの右足に当ててみます。
石が触れた瞬間、ジャックは悲鳴を上げて足を引っ込めようとしましたが、みるみるうちにその顔つきが変わっていきました。信じられないように目を見張り、自分の右足と金の石のペンダントを見つめます。ねじ曲がった足首が、くくっとまっすぐになり、あっという間に腫れが引いていったからです。
たちまち、ジャックの足は元通りになっていました。
「い、痛くねえぞ! もう何でもねえ!」
ジャックが驚いて声を上げ、立ち上がって飛び跳ねました。本当に、もう全然痛みません。
「良かった」
フルートは、ほっとして笑顔になりました。
ジャックはフルートが持つペンダントをまじまじと見つめました。
「おい、フルート……まさか、それって……」
フルートは一瞬なんと答えようかと迷いました。けれども、ジャックは癒しの力を目の前で見ているのです。石の正体をごまかせるはずがありませんでした。
フルートはうなずいて答えました。
「うん。魔法の金の石だよ。泉の長老からもらったんだ」
長い間――フルートが居心地悪くなるくらい長い間、ジャックは何も言いませんでした。それから、ようやくまた口を開くと、ひどく悔しそうな声でこう言いました。
「そうだよな……。おまえは本当はものすごく勇敢なんだもんな。ただ、それを見せてなかっただけで……ちっ、意気地なしのふりなんかしやがって!」
フルートは目をぱちくりさせました。弱いふりをしているつもりはなかったのです。
「ぼ、ぼくは……」
と言いかけると、ジャックは突然祖父の剣を目の前にかざしました。半ばで折れた刃を歯ぎしりしながら眺めます。
「それに比べて、俺はこのざまかよ……! 肝心な時に役にたたなくなりやがって。何が名刀だ! こんなもん――!」
ジャックは剣をかたわらの岩に叩きつけようとしました。
フルートはあわててその手に飛びつきました。
「だめだよ! そんなことしちゃだめだ!!」
フルートは必死で言いました。
「その剣はおじいちゃんの形見なんだろう? 一番怖いときに勇気をくれたんだろう? だったら、やっぱり大切にしなくちゃ……!」
ジャックは、あきれたようにフルートを見つめました。
それから、へっ、と鼻で笑うと、フルートをふりほどきました。
「ったく……ホントに、馬鹿がつくほどお人好しだな、おまえは。なんでこんな剣のことまで心配するんだよ。やっぱり、おまえと俺は馬が合わねえぜ」
それから、ジャックは折れた剣を赤い鞘に戻すと、肩をすくめて歩き出しました。
「あーあ、もうやめたやめた! おまえなんかと本気で張り合って、馬鹿みたいだったぜ!」
投げやりにそんなことを言いながら、すたすたと、先に立って沢を下り始めます。
フルートは目を丸くして、その後を追いました。
すると、沢の川下から、馬の蹄の音が聞こえてきました。小川の水をばしゃばしゃと跳ね飛ばしながら、こちらに向かって走ってきます。
まもなく川の曲がり角から姿を現したのは、酔いどれのゴーリスとジャックの父親でした。二人とも馬に乗っています。
「フルート!」
「ジャック!」
ゴーリスとジャックの父親が同時に声を上げました。
「親父!」
ジャックも歓声を上げました。
二人の大人が駆け寄ってきて、馬から飛び降りました。
「二人とも無事だったか……。逃げ帰ってきたビリーとペックから話を聞いて、あわてて探しに来たんだぞ」
とゴーリスが言いました。いつもだらしなく酔っている彼が、見たこともないほど真剣な顔をしています。その腰に剣が下がっているのに、フルートは気がつきました。手入れがよく行き届いた大剣です。
「森の入り口の方にはチムとリサがいるんだよ」
とフルートは言いました。二人が無事かどうか、急に心配になったのです。すると、ゴーリスがうなずきました。
「あの二人なら大丈夫だ。リサたちの父親も一緒に来ていたんだ。おまえたちより先に見つかったから、今頃はもう家に帰り着いているだろう」
それから、ゴーリスはあたりを見回し、改めて子どもたちを見ました。
「しかし、よくここまで来られたな。俺だって、こんな奥深くまで来たことはなかったぞ」
まるで何度もこの森に来たことがあるような言い方です。フルートは、おや、とゴーリスを見つめ直しました。
その時、ジャックの父親が猛烈な勢いでどなりはじめました。
「そこに座れ、馬鹿者どもが!! 魔の森をなんだと思っている! この罰当たりめが!!」
雷がとどろくような大声です。さすがのジャックも低姿勢になりました。
「ごめんよ、親父……ごめんったら……」
けれども、ジャックの父親はかんかんに腹をたてていて、すぐには怒りがおさまりそうにありませんでした。
すると、ジャックが言いました。
「ま、待ってくれ、親父。フルートは関係ねえんだ。全部俺とペックたちで計画したんだよ。それに、フルートは急いで自分の家に帰らなくちゃならねえんだ。親父さんの具合が悪いんだからさ……」
フルートは、思わずジャックを見ました。ジャックがこんなことを言ってくれるなんて、信じられませんでした。
すると、ジャックは、わざと渋い顔をして見せながら言いました。
「いいから、早くいけよ。俺はもう大丈夫だ。親父さんのところに早くそれを持って行ってやれ」
それ、とジャックが言っているのは、魔法の金の石のことでした。
フルートはうなずくと、ゴーリスに飛びつきました。
「お願いだよ、ゴーリス。ぼくを家まで連れて行って!」
「な、なんだ。何がいったいどうしたんだ?」
ゴーリスは、フルートの父親が怪我をしたことを知らないようで、目を白黒させていましたが、それでも言われるままフルートを自分の馬に乗せると、森の外めざして走り始めました。
「急げよーっ!」
後ろからジャックの声が追いかけてきました。
ゴーリスがそれを聞いて不思議そうにフルートに言いました。
「ジャックのやつ、いつもと態度が違うな。おまえたち、森で何があったんだ?」
けれども、フルートにはそれに答えている余裕はありませんでした。
家へ。一刻も早くお父さんのもとへ。
フルートの頭の中は、そのことだけでいっぱいになっていました。
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