フルートの冒険 始まりの物語 〜魔法の金の石〜

1.フルート

 昔々、私たちが住むのとは別の世界にある、ロムドという国の田舎町に、心の優しい少年が住んでいました。
 少年の名前はフルート。
 この物語は、そこから始まります……



 「よう、お嬢ちゃん。家にお帰りかい?」
 フルートが学校を出ると、あざ笑うような声が話しかけてきました。ちょっとしゃがれた少年の声です。フルートは迷惑そうに眉をひそめると、いやいやそちらを振り返りました。道路に面した小さな空き地に、フルートより体の大きな少年たちが五、六人たむろしています。ガキ大将のジャックとその子分たちです。
 ジャックがフルートを見て、しゃがれ声で笑いました。
「相変わらず女みたいな生っちろい顔してやがんな。男のしるしはちゃんと股についてんのかよ。スカートはいて学校に来たほうがいいんじゃねえのか?」
 少年たちがどっと笑いました。口々に「お嬢ちゃん」「女、女」とはやし立てます。フルートは、ますます迷惑そうな顔になりました。
 けれども、少年たちが言っていることは、あながち間違いでもありませんでした。フルートは確かに綺麗な子どもだったのです。少し癖のある金髪に色白の肌、まつげの長い大きな瞳。顔立ちはとても優しげで、本当に少女のように見えます。性格も見た目に劣らず穏やかだったので、腕白な少年たちからは「女の腐ったようなヤツ」と言われて、しょっちゅうからかわれていたのでした。
 フルートが何も言わずに立ち去ろうとすると、ジャックがまたあざ笑いました。
「そーらな。おまえはいつもそうやって逃げ出すんだ。ホントに根性のないヤツだぜ」
 ジャックの子分たちが、またいっせいに笑いました。その中でもひときわ甲高く叫ぶ子がいました。背の高い少年たちの中で、ひとりだけとても小柄な子です。
「フルート、おまえなんて逆立ちしたって勇者になれるもんか! 怪物の声を一声聞いただけで、ぶるって家に泣いて逃げ帰るに決まってらぁ!」
 それを聞いて、フルートは思わず立ち止まりました。気になることばを聞いたからです。
「勇者……怪物?」
 なぜ急にそんなことばが出てきたんだろう、と振り返ると、とたんにジャックの怒声が飛びました。
「チム、余計なことは言うな!」
 小柄なチムは首をすくめると、そのまま黙り込みました。
 フルートは改めて少年たちを眺めました。どの子もそっぽを向いたり、逆にフルートをにらみ返したりします。何かを隠しているような雰囲気です。

 ところが、フルートが何か言うより先に、よく通る少女の声が響き渡りました。
「ちょっと、あんたたち! 何やってんのよ!」
 フルートには声だけでそれが誰なのか分かりました。二学年上のリサです。元気のよい女の子で、フルートとは反対に「間違って女に生まれてきたヤツ」と言われています。
 リサは三つ編みにした頭をそらし、両手を腰に当てて腕白たちをねめつけると、ふんっ、と鼻を鳴らしました。
「またフルートをいじめてるのね。いい加減にしなさいよ! ジャック、あんた今日学校を休んだはずでしょ。やっぱりずる休みだったのね!」
「へっ、うるさいヤツが来たぜ」
 ジャックは肩をすくめると、子分たちを引き連れて空き地から出て行こうとしました。
「おい、フルート、正義の味方が来てくれてよかったな。女みたいなおまえは、女に守られているのがぴったりだぜ」
 少年たちがまた笑います。すると、リサがその行く手に立ちふさがりました。
「あたしは別にフルートを守りに来たわけじゃないわ。あたしが用があるのはチムよ」
 それを聞いて、小柄な少年が顔をしかめました。
「用ってなんだよ、姉ちゃん……」
 チムはリサの弟です。
「チム、あんた父さんの一番いいナイフを持ち出したでしょ。朝、父さんがかんかんだったわよ。あんたも学校を勝手に休んでるし。いったい何をするつもりでいるのよ?」
 リサの最後の質問は、チムではなく、親分のジャックに向けられていました。ジャックはまた肩をすくめると、すまして答えました。
「別に。おまえには関係ねえことさ。行くぞ、みんな」
 少年たちは足早にその場から立ち去ろうとしました。何かを隠しているような、白々とした雰囲気がまた漂っています。
 その様子に、フルートは、はっとして声を上げました。
「もしかして……魔の森に行くつもりなの!?」
 とたんに、少年たちは、ぎょっとした顔でいっせいに振り向きました。大当たりだったようです。

 「魔の森……」
 リサが真っ青になりました。
「ちょっと、馬鹿なことはやめなさいよ! 死ぬ気なの、あんたたち!?」
 リサの言うことは決して大げさではありませんでした。町の西にある魔の森は、怪物や猛獣がうようよしている恐ろしい場所なのです。
 ジャックが顔をしかめながらフルートをにらみつけました。
「相変わらず頭だけはいいヤツだぜ。ああ、その通り。俺たちは明日、学校が終わってから魔の森に行くつもりなのさ。森の真ん中の泉までたどり着いて、勇者の証に、魔法の金の石を手に入れてやるんだ」
 それは、このシルの町に古くから伝わる伝説でした。森の中心には泉があって、そのほとりから魔法の金の石を持ち帰ったものは真の勇者と呼ばれる、というのです。
「なんて馬鹿なこと……。すごく強そうな戦士や剣士が何人も伝説を信じて森に行ったけど、誰ひとり金の石なんて持ってこれなかったじゃないの! 本物の戦士たちにできないことが、あんたたちみたいな子どもにできるわけないじゃない!」
 リサはヒステリックにそう言うと、弟に向かって命令しました。
「チム、家に帰るのよ!」
「いやだ! 俺は絶対に金の石を取ってきて勇者と呼ばれるんだ! 姉ちゃんこそ家に帰れ!」
 とチムが負けずに言い返します。言い争う二人の間に、ジャックが割って入りました。
「リサ、チムはおまえの言うことを聞くのにうんざりしてるんだぜ。チムは男になりたがってるんだ。いいかげん弟を自由にしてやれよ」
 ふん、とリサは頭をそらしました。
「ええ、そうね。これがあんたたちのグループじゃなかったら、チム、偉いわね、って言ったと思うわ。でも、ジャック、あんたやあんたの仲間たちが一緒じゃ、とてもじゃないけど安心なんてしてられないわよ。おまけに、魔の森だなんて……! 絶対に行かせるもんですか。父さんたちに知らせて、あんたたちをぎっちり叱ってもらうんだから」
「なんだとぉ!?」
 ジャックの顔に、かっと血が上りました。右手が拳の形に握られます。

 すると、フルートが突然言いました。
「やめた方がいいよ、ジャック。森の主の怒りをかうよ」
 静かですが、よく通る声です。ジャックや仲間たちは、思わずはっとフルートに注目しました。
 フルートは、まるで何かの物語をそらんじるように言い続けました。
「魔の森の主は人間を憎む。許しなく森に足を踏み入れた者は、魔法にとらわれて気が狂い、獣に八つ裂きにされ、闇の怪物に骨の髄までしゃぶり尽くされる……」
 それは、シルの町に生まれ育った者なら、誰もが物心つく前から聞かされてきた言い伝えでした。魔の森は恐ろしく、いたずらに人間が足を踏み入れてはならない場所なのです。心の奥底に植え付けられた恐怖がよみがえってきて、少年たちの顔から血の気が引いていきました。
 けれども、ジャックだけは拳を握りしめたまま、フルートの前に立ちはだかりました。
「意気地なしのくせに俺たちに口出しするんじゃねえよ。おまえはとっとと家に帰って、ママにおむつでも取り替えてもらってろ」
 ひどい悪口です。でも、フルートは無視して言い続けました。
「やめなよ、ジャック。本当に殺されるよ。みんなが死んだら、みんなのお父さんやお母さんたちが泣いて悲しむよ……」
「黙れと言ったはずだぞ!!」
 ジャックはそう言うと、いきなり殴りかかってきました。拳がフルートの腹にめり込みます。フルートの小柄な体は吹っ飛び、後ろに立っていたリサにぶつかって、一緒に地面に倒れました。
 それを見てジャックが高笑いしました。
「いいざまだな! ママの代わりにリサに抱っこしてもらったのか! ついでに、おっぱいもしゃぶらせてもらったらどうだ?」
 とたんに、リサが顔を真っ赤にして跳ね起きました。
「なによ、最低ね!! フルート、あんたもあんたよ。男なら、もう少ししっかりしなさい! ホントに情けないんだから!」
 けれども、フルートは返事をするどころではありませんでした。腹を押さえたまま、地面に突っ伏してうめいています。胃をまともに殴られたので、今にも吐きそうでした。
「もう知らない! 勝手に殴られてなさいよ!」
 リサはかんかんに怒って立ち去っていきました。
「おやおや、お守りが行っちまったぜ、フルート。お望み通り、もう一発殴ってやろうか?」
 ジャックがまた笑いました。その目が剣呑な光を帯びています。
 けれども、そこへ学校からジャックの子分の少年が出てきました。ジャックは拳に握った手を開くと、子分に言いました。
「遅いぞ、ペック。ずいぶんかかったじゃねえか」
「悪い。先生に残されてさ」
 ペックと呼ばれた少年が答えます。ジャックと仲間の少年たちは、ぞろぞろと空き地を出ると、話しながらどこかへ歩いていってしまいました。
 後に残されたフルートは、その後もしばらく動けないでいましたが、やがて、腹を押さえながら立ち上がりました。目の前がくらくらします。

 すると、こんな声が聞こえてきました。
「やれやれ、まともに食らったのか? しょうがないヤツだな」
 白髪まじりの黒髪にひげ面の中年男が、道の反対側の柵にのんびりともたれかかりながら、フルートを見ていました。まだ昼間だというのに、火酒の小瓶を握りしめて赤い顔をしています。町の飲んだくれのゴーリスです。
 フルートがなにも言わずにいると、ゴーリスは怪しい手つきで拳を繰り出す真似をしながら言い続けました。
「いいかフルート、こう、腹を殴られそうになったときにはな……腹の筋肉を固く締めて受け止めるんだ。そうしないと、胃袋が破裂することだってあるんだぞ」
 フルートは鼻の頭にしわを寄せました。そんなことを言われても、と言いたそうな表情が浮かびます。
 ゴーリスは、いつ会っても酔っぱらっていて、誰彼かまわず捕まえては戦い方や剣術の話をするのです。昔は名のある貴族に仕えていた剣士だったという噂もありましたが、本当にゴーリスが剣を使うところを見た人はいなかったので、誰も噂を本気にしてはいませんでした。

 フルートが黙って立ち去ろうとすると、ゴーリスがまた話しかけてきました。
「おまえ、どうしてジャックの拳を避けなかったんだ?」
 フルートは足を止めました。
「だって……急だったから……」
 と口ごもりながら答えると、ゴーリスが笑いました。
「馬鹿め、俺の目をごまかせると思うのか。……おまえは、ジャックの拳をよけられたんだよ。ただ、そうするとすぐ後ろにいるリサがとばっちりを食うから、よけずに、わざと体で受け止めたのさ」
 フルートはとまどってゴーリスを振り返りました。実はその通りだったのです。
 ゴーリスは、へっと笑いました。
「まったくあきれたヤツだな。ま、リサが殴られそうになった時、とっさに自分の方にジャックの注意を引きつけたのは、なかなかだったが……。だが、そんなやり方じゃ、いくつ体があっても持たないぞ。俺の所に来い、フルート。俺がおまえにを戦い方を教えてやる」
 けれども、フルートは首を横に振りました。フルートは、とにかく戦いや喧嘩といったものが大嫌いだったのです。
「ぼくのせいで誰かが怪我をしたり血を流したりするのは、絶対にいやだよ」
 とたんに、ゴーリスが声を上げて笑い出しました。
「そりゃ、しかたがないだろう! 戦えば怪我はする。ときには死ぬことだってあるさ」
 そして、ゴーリスはふいに、笑いをひっこめました。
「だがな、フルート……これだけは覚えておけ。本当の戦いってのはな、人を倒したり殺したりすることじゃない。戦いってのは、自分の命や大切な人たちを守るためにするものなんだ。それを忘れて、ただ倒した敵の数を数えて喜んでいるようなヤツは、いくら勲章をもらって偉い称号を受けていたって、英雄でも勇者でもない。そいつはただの乱暴者なのさ」
 フルートは、びっくりしてゴーリスを見つめました。いつも酔っぱらって、絡むように戦いの話をするゴーリスが、いやに大まじめな顔をしています。

 けれども、次の瞬間、ゴーリスはまた、へっと笑って肩をすくめました。
「なぁんてな。おまえに言ったってわかるわけはないか……」
 また、いつものだらしない飲んだくれの顔に戻っています。
「ま、とにかく、戦い方を覚えたくなったら、いつでも俺んちに来い。格安で教えてやるぞ……」
 そう言いながら、ゴーリスはふらふらと千鳥足で離れていきました。

 そのときです。

 ざーーっと雨が降り出すような音が響いたと思うと、空一面に鳥の大群が現れました。
 空が真っ暗になるほどの数の鳥が、ギャアギャア甲高く鳴き叫びながら、頭上を北から南へ向かって飛び過ぎていきます。
 町の人々は驚いて空を見上げました。ゴーリスとフルートもびっくりしてそれを見ました。今は夏の終わり。鳥が渡る季節ではありません。
 皆が見守る中、鳥たちは南の空の彼方へ飛び去っていきました。後にはまた、よく晴れた青空が現れます。
「不吉だな……」
 ゴーリスが眉をひそめてそうつぶやきました。フルートの胸にも、泡立つような不安がわき上がってきます。
 フルートは鳥が飛んできた方角を眺めました。けれども、そちらの空もただ青く晴れ渡っているだけで、なんの凶兆も見あたりませんでした。






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素材提供 STAR DUST