血まみれのドワーフが転がり込んできたので、源の間は大騒ぎになりました。会議をしていた長老たちも、警備に当たっていたドワーフたちも、いっせいに怪我をした男を取り囲みます。
「ドルーン! ドルーンじゃないか!」
「おまえはグラージゾの討伐に向かったはずだろう!?」
「いったい何があった!? 他の討伐隊のやつらはどうしたんだ!?」
源の間に入ろうとするゼンとフルートを突き飛ばすようにして、医者を呼びに出ていったドワーフもいました。
怪我の男がうめきながら答えました。
「グラージゾにやられた……。奴を追って地底湖まで行ったら、いきなり岸辺で襲われて……このありさまだ……」
ドルーンが震える手で自分のマントを払いのけると、一同は、あっと驚きました。ドルーンの右腕は肩のところから大きく食いちぎられてなくなっていたのです。傷口から真っ赤な血が流れ続けています。
「ほ、他の者たちはどうした!?」
と長老が尋ねました。
「みんな、グラージゾに食われた……。奴は、俺たちを餌だと思っている……」
そこまで話して、ドルーンが突然大きく震えだしました。床に倒れて激しくけいれんし始めます。出血多量でショック状態に陥ったのです。
「ドルーン! おい、ドルーン!!」
「医者だ! 医者はまだか!?」
源の間はまた大騒ぎになりました。
その中でフルートは必死に叫んでいました。
「ぼくを通して! お願い、ぼくをそばに行かせてよ――!」
その手には、あらゆる怪我や病気を治す金の石が握られていました。ところが、ドワーフたちは怪我人のまわりに人垣を作って、がんとしてフルートを近づかせないのです。それをかき分けて無理やり通り抜けようとすると、いきなり突き飛ばされて、石の床に転がりました。ドワーフは背丈こそ低いのですが、非常に怪力な種族なのです。
「近づくな! 汚らわしい人間のくせに!!」
とフルートを突き飛ばしたドワーフがどなりました。
「乱暴するなよ!」
とゼンがフルートに駆け寄ってどなり返します。
けれども、ドワーフは子どもたちを無視して背中を向けてしまいました。
そのとたん、げうっとドルーンが声を上げて血の泡を吹きました。大きく引きつけて動かなくなります。息絶えたのです。
「あっ……」
フルートは短い叫びを上げると、金の石を固く握りしめました。床に横たえられたドルーンを見つめて悔しそうに唇をかみしめます。そんなフルートの表情を、ゼンだけが見ていました。
源の間は言いようのない沈黙におおわれました。
ゼンの祖父がドルーンの体の上に血で染まったマントをかけ、目を上げて一同を見渡しました。
「これは我々がこの洞窟に住み始めて以来の危機だ。グラージゾはドワーフの肉の味を覚えた。餌を求めてこの町にやってくるぞ」
それを受けて、最年長の長老が言いました。
「緊急に会議を開かねばならん。族長たちを広場に集めるのじゃ」
長老や他のドワーフたちは、いっせいに源の間を出ていきました。
「ドルーンの身内の者に知らせてやれ」
とゼンの祖父はドワーフのひとりに言うと、立ち止まってフルートを見ました。
「こういうわけだ、小さな人間よ。わしらは早急にグラージゾについて話し合わねばならん。しかし、このことがなかったとしても、おまえの話を聞いて、おまえと一緒に旅立とうというドワーフは、この洞窟にはひとりもいなかっただろう」
ゼンの祖父はフルートに向かって、ドワーフはおまえの仲間にはならない、と宣言しているのでした。
フルートはまだ金の石のペンダントを握りしめていましたが、立ち上がると、ゼンの祖父に尋ねました。
「もし、ぼくがグラージゾを退治してきたら、ぼくの話を聞いてもらえますか?」
源の間に残っていたゼンの父親とゼンが、驚いてフルートを見ました。
ゼンの祖父は口元に薄笑いを浮かべました。
「むろん、それができれば、ドワーフはおまえの話に耳を傾けるがな。グラージゾは危険な敵だ。今までは地底湖の魚や虫を食べていたが、人を食うようになったとなると、これほど危険な敵はない。奴にドワーフだけでなく人間の肉の味も覚えさせようと言うのか?」
「ひとつだけ教えてください」
とフルートはまた言いました。
「グラージゾというのは、どんな生き物ですか?」
「虫だよ。全長十五メートルもある、巨大な毒虫だ。ワジなど足元にも及ばんよ」
とゼンの祖父は答えると、他の長老たちの後を追って源の間を出て行きました。
ゼンの父親がフルートに言いました。
「じいさまの言うとおりだ。グラージゾは危険すぎる。おまえは一刻も早くこの洞窟を抜け出して、別の仲間を捜すんだ。おまえはドワーフじゃない。一緒に危険な目にあう必要はないんだ」
そして、ゼンの父親は源の間の門口に立って、左の方向を指さしてみせました。
「こっちへ行け。階段があって、外に出られる。今はグラージゾのことで町中が大騒ぎだから、人間のおまえが町を通り抜けて外に出ていっても、気にとめるやつはいないだろう。ではな、フルート。もう会うこともないだろうが、達者でいけよ」
そして、ゼンの父親はフルートをその場に残して、足早に歩き出しました。
「ど、どうしてフルートを助けてやらないんだよ!?」
ゼンは父親の後を追いかけながら、必死になって言いました。
「あいつひとりでグラージゾを倒せるわけないじゃないか! あいつまで食い殺されちまうよ!」
「人間はずるくて賢い生き物だ」
とゼンの父親が言いました。
「何が自分にとって得になって何が損になるか、見極めがとてもうまい種族なんだ。フルートだって、ひとりでグラージゾ退治に出かけるような馬鹿な真似はせん。ちゃんと同族のところへ戻るに決まっている」
「で、でも……」
ゼンは源の間がある柱を振り返りました。大部分の人間がそんなふうだとしても、フルートは絶対にひとりで逃げ出したりしない。そんな確信がありました。
「急ぐぞ、ゼン。討伐隊がやられたとなると、次は俺たち猟師の出番だ。皆でグラージゾ退治の作戦を練らなくちゃならん――」
そこまで言って、ゼンの父親はふと背後が妙に静かなのに気がつきました。振り向くと、息子の姿が消えていました。
「ゼン……?」
ゼンの父親のいぶかしい呼び声が町に響きました。