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第1巻「黒い霧の沼の戦い」

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17.ドワーフの洞窟

 「炎の剣には火の力がある」

 凍りついた洞窟の扉の前で、ゼンの父親が話し始めました。

「刃には切ったものを燃やして灰にする力。鞘には燃えている炎をいつまでも激しく燃やす力。そして、もうひとつ、炎の剣は炎の弾を撃ち出すことができると言われている。フルート、炎の弾でこの扉を溶かしてみろ」

「え……」

 フルートは驚きました。ここへ来るまでの道のり、身を守るためにずいぶん炎の剣を使ってきましたが、炎の弾など一度も撃ったことがなかったのです。どうやればできるのか全然見当がつきません。

 けれども、ドワーフの父子はフルートに注目していました。ゼンなどは期待に目をきらきらさせてフルートと炎の剣を見つめています。フルートはとまどいながら剣を抜くと、試しに凍りついた扉へ突き出してみました。

「えいっ!」

 ……何も起こりません。

 フルートは、今度は剣を振ってみました。

「えいっ! えいっ! やあっ――!」

 大きく振ってみたり、小さく振ってみたり、突きだしてみたり振り回してみたり。フルートはいろいろな方法を試してみましたが、やはり炎の弾は出てきませんでした。そのうちに息が切れて、額から汗が流れ落ちてきます。

「やはり駄目か」

 ゼンの父親が腕組みをして唸るように言いました。鉄の扉は雪と氷で固く凍りついたままです。

 すると、ゼンが飛び出してきました。

「ちょっと、ちょっと。俺にもやらせてくれよ」

 とフルートに駆け寄ろうとします。

 とたんにゼンの父親の声が響きました。

「よけろ!」

 ゼンの足元から何かが飛び出してきたのです。虫でした。さっきゼンが矢で退治したゴジゾより数倍も大きな長虫が、雪の中から勢いよく出てきてゼンに飛びつきます。

「げっ!」

 ゼンは声を上げて飛びのきました。その拍子にバランスを崩してよろけます。

 長虫は雪の上に落ちて一度体を縮めると、またバネのように伸びて襲いかかってきました。ゼンはよけられません。

「ゼン!」

 父親は腰の山刀を抜きましたが、離れていて間に合いませんでした。

 フルートも長虫に切りかかりましたが、こちらもやはり剣が届きません。刃が空振りして宙を切ります──

 その瞬間、剣の切っ先から炎の塊が飛び出しました。

 ゴゥッ!

 長虫は炎に直撃されて雪の上に落ちると、あっという間に燃え尽きてしまいました。

 

 ゼンは目を丸くしました。フルートも同じように目を丸くします。炎の弾を撃つつもりなどなかったのです。ただ、ゼンが危ない! と思った瞬間、剣から炎が飛び出していたのでした。

「ワジだ。危なく死ぬところだったな」

 とゼンの父親が言いました。どうやら、さっきのゴジゾよりずっと危険な毒虫だったようです。

 ゼンは冷や汗をかいて舌打ちをしました。

「ちぇ、黒い雪の中は見えにくいぞ……。ありがとうな、フルート。命拾いしたぜ」

「ううん。さっきゴジゾから助けてもらったお返しだよ」

 二人の少年は顔を見合わせると、どちらからともなく笑い出しました。一緒に声を上げて笑います。

 一方ゼンの父親は炭になった毒虫を厳しい顔で見ていました。

「やはり妙だ。ワジもゴジゾも確かに危険な虫だが、こんなにむやみに襲いかかってくることはなかったのに」

 それを聞いてフルートは笑うのをやめました。

「黒森の獣たちも同じです。オオカミとか熊とか猪(いのしし)とか──みんな妙に凶暴になっていて、すぐに襲いかかってきたんです。きっと黒い霧や雪の影響を受けているんだと思います」

 ゼンの父親は、がしがしと顎(あご)のひげをかきむしりました。

「俺たちドワーフにも無縁な話ではないということか……。フルート、今の調子で扉を溶かすんだ。嫌な予感がする。中で何かが起こっているのかもしれん」

 そこでフルートは炎の剣を構え、洞窟の扉へ気合いを込めて振り下ろしました。

「やっ!」

 ドウッ!

 一度成功すれば二度目からはコツがつかめて簡単です。大きな炎の弾が飛び出して扉の上で破裂しました。ジュウッと白い蒸気が立ち上り、凍った雪が消えていきます。

「よくやった。行くぞ」

 ゼンの父親は扉を蹴飛ばして開けると、中に入っていきました。

 

 ドワーフの洞窟は真っ暗で、空気は氷のように冷え切っていました。

 目が慣れなくてフルートがきょろきょろしていると、ゼンが言いました。

「なんでこんなに暗いんだよ。それに、なんでこんなに寒いんだ?」

「いつもは違うの?」

 とフルートが尋ねると、ゼンの父親が答えました。

「ああ。灯りがすべて消えているし、暖房も効いていない。『源の間』に何かあったな。だから、扉も凍りついたんだ。ゼン、灯り石は持っているな?」

「うん。ほら」

 ゼンがベルトに下がった袋の中から白い石を取り出しました。とたんに、ぼうっと光が広がって、あたりを照らしました。ゼンの父親も自分の袋から光る石を取りだすと、かざしながら歩き出しました。

「人間は俺たちより夜目(よめ)が利かないからな。足元に気をつけるんだぞ」

 とゼンの父親がフルートに声をかけてくれます。

 洞窟の中の道は下り坂になり、やがて長い階段に変わりました。どんどん地下深いところへ下りていきます。それにつれて凍るような寒さは和らいできましたが、相変わらずあたりは真っ暗でした。ドワーフの父子が持つ石の光だけが頼りです。

 そのうちに下のほうに光が見えてきました。そこを目ざして下りていくと、突然視界が開けて、地中の巨大な空間に出ました。岩でできた回廊と階段が張り巡らされた下に、丸いドームを伏せたような小さな家が並んでいます。家の戸口や街角には光る石が置かれていて、町全体をぼんやりと照らし出していました。その光景は、黒い霧の中でかがり火をたいているロムドの町に似て見えます。

 ゼンが空間の上のほうを見て言いました。

「太陽の石が光ってない」

「源の間から力が届かなくなっているんだ。当然だろう」

 とゼンの父親が答え、不思議そうな顔をしているフルートに説明してくれました。

「ドワーフの町にも太陽があるんだ。と言っても、本物の太陽ではないがな。大空洞の天井にはめ込まれた太陽の石が、源の間から来る『力』を受けて、町を照らすようになっている。その光のおかげで、俺たちは地下でも作物が作れるし、牧場で家畜を飼うこともできる。来い、二人とも。源の間に行ってみるぞ」

 

 そこで、フルートとゼンは、ゼンの父親の後について回廊を通り抜け、長い細い階段を町に向かって下りていきました。

 ところが、もう少しで階段を下りきるというところで、下から登ってきた数人のドワーフが行く手をふさぎました。身長はフルートの肩くらいまでしかありませんが、赤い髪と長いあごひげの、がっしりした体格の男たちです。いかにも強そうな上に、手に手に剣や棒のようなものを持っています。

「どうして人間を町に連れ込んだ、ビョール。商売の時にも、町までは案内しない決まりだぞ」

 とドワーフのひとりがゼンの父親に言いました。とても険しい声です。フルートを見るドワーフたちの目つきも、お世辞にも友好的とは言えないものでした。

「非常事態だ。こいつが凍りついた洞窟の扉を開けてくれた。源の間で何があったんだ?」

 とゼンの父親が尋ねます。

「力のルビーが奪われた」

 と別のドワーフが苦々しく答えました。

「奪われた? 誰に」

「グラージゾだ。今朝方、突然地中から現れて、源の間からルビーをくわえて逃げていった」

 それを聞いたゼンが、ちっと舌打ちしました。険しい顔をしているので、どうやら、かなり危険な敵のようです。

「長老たちは?」

 とゼンの父親がまた尋ねました。

「源の間に集まって会議中だ。さっきグラージゾの討伐隊(とうばつたい)が送り出された──どこへ行く!?」

 大声で呼び止められて、ゼンの父親は足を止めました。

「もちろん長老たちに会いに行く。長老たちの耳に入れたいことがあるんだ」

「我々の町に人間を入れるわけにはいかん!!」

「それが決まりだぞ!」

「人間を追い出せ!」

 とドワーフたちが口々に言いますが、ゼンの父親は聞き入れませんでした。

「こいつは重要なことを知っているんだ。それに、こいつはまだほんの子どもだ。勇敢なドワーフが子どもを恐れるとは、笑い話にもならんぞ」

「たとえ子どもだろうと、決まりは決まりだ!」

 ドワーフたちも頑固に言い張ります。ついにはフルートの腕をつかんで追い出そうとしたので、ゼンの父親はそれを払いのけました。強い口調で言います。

「だが、その決まりが昔変えられたこともあったはずだぞ!」

 ドワーフたちは、はっとして、すぐに不愉快そうな顔に変わりました。

「おまえたちはまったく人間びいきだな。タージめ」

 とひとりが侮蔑(ぶべつ)するように言います。

 とたんにゼンが、かっと赤くなりました。馬鹿にした相手に飛びかかっていこうとします。

「ゼン!」

 ゼンの父親は厳しい声で止めると、二人の子どもを連れて無理やりドワーフたちを押し切りました。

「通らせてもらうぞ。我々ドワーフにも関係がある大事な話なんだ」

 ドワーフたちは舌打ちすると、武器を持ったまま、ぞろぞろ後ろからついてきました。人間に対する憎悪の表情を隠そうともしません。フルートが少しでもおかしなそぶりを見せれば、たちまち後ろから襲われてしまいそうです。

 そして、もうひとり。ゼンも、拳を固く握りしめ、怒りをやっとこらえる表情で歩いていました。

 フルートは聞いてみたいことがいろいろありましたが、この状況では何も言うことができなくて、ただ黙ってゼンの父親の後をついていくしかありませんでした──。

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