「炎の剣には火の力がある」
凍りついた洞窟の扉の前で、ゼンの父親が話し始めました。
「刃には切ったものを燃やして灰にする力。鞘には燃えている炎をいつまでも激しく燃やす力。そして、もうひとつ、炎の剣は炎の弾を撃ち出すことができると言われている。フルート、炎の弾でこの扉を溶かしてみろ」
「え……」
フルートは驚きました。ここへ来るまでの道のり、身を守るためにずいぶん炎の剣を使ってきましたが、炎の弾など一度も撃ったことがなかったのです。どうやればできるのか全然見当がつきません。
けれども、ドワーフの父子はフルートに注目していました。ゼンなどは期待に目をきらきらさせてフルートと炎の剣を見つめています。フルートはとまどいながら剣を抜くと、試しに凍りついた扉へ突き出してみました。
「えいっ!」
……何も起こりません。
フルートは、今度は剣を振ってみました。
「えいっ! えいっ! やあっ――!」
大きく振ってみたり、小さく振ってみたり、突きだしてみたり振り回してみたり。フルートはいろいろな方法を試してみましたが、やはり炎の弾は出てきませんでした。そのうちに息が切れて、額から汗が流れ落ちてきます。
「やはり駄目か」
ゼンの父親が腕組みをして唸るように言いました。鉄の扉は雪と氷で固く凍りついたままです。
すると、ゼンが飛び出してきました。
「ちょっと、ちょっと。俺にもやらせてくれよ」
とフルートに駆け寄ろうとします。
とたんにゼンの父親の声が響きました。
「よけろ!」
ゼンの足元から何かが飛び出してきたのです。虫でした。さっきゼンが矢で退治したゴジゾより数倍も大きな長虫が、雪の中から勢いよく出てきてゼンに飛びつきます。
「げっ!」
ゼンは声を上げて飛びのきました。その拍子にバランスを崩してよろけます。
長虫は雪の上に落ちて一度体を縮めると、またバネのように伸びて襲いかかってきました。ゼンはよけられません。
「ゼン!」
父親は腰の山刀を抜きましたが、離れていて間に合いませんでした。
フルートも長虫に切りかかりましたが、こちらもやはり剣が届きません。刃が空振りして宙を切ります──
その瞬間、剣の切っ先から炎の塊が飛び出しました。
ゴゥッ!
長虫は炎に直撃されて雪の上に落ちると、あっという間に燃え尽きてしまいました。
ゼンは目を丸くしました。フルートも同じように目を丸くします。炎の弾を撃つつもりなどなかったのです。ただ、ゼンが危ない! と思った瞬間、剣から炎が飛び出していたのでした。
「ワジだ。危なく死ぬところだったな」
とゼンの父親が言いました。どうやら、さっきのゴジゾよりずっと危険な毒虫だったようです。
ゼンは冷や汗をかいて舌打ちをしました。
「ちぇ、黒い雪の中は見えにくいぞ……。ありがとうな、フルート。命拾いしたぜ」
「ううん。さっきゴジゾから助けてもらったお返しだよ」
二人の少年は顔を見合わせると、どちらからともなく笑い出しました。一緒に声を上げて笑います。
一方ゼンの父親は炭になった毒虫を厳しい顔で見ていました。
「やはり妙だ。ワジもゴジゾも確かに危険な虫だが、こんなにむやみに襲いかかってくることはなかったのに」
それを聞いてフルートは笑うのをやめました。
「黒森の獣たちも同じです。オオカミとか熊とか猪(いのしし)とか──みんな妙に凶暴になっていて、すぐに襲いかかってきたんです。きっと黒い霧や雪の影響を受けているんだと思います」
ゼンの父親は、がしがしと顎(あご)のひげをかきむしりました。
「俺たちドワーフにも無縁な話ではないということか……。フルート、今の調子で扉を溶かすんだ。嫌な予感がする。中で何かが起こっているのかもしれん」
そこでフルートは炎の剣を構え、洞窟の扉へ気合いを込めて振り下ろしました。
「やっ!」
ドウッ!
一度成功すれば二度目からはコツがつかめて簡単です。大きな炎の弾が飛び出して扉の上で破裂しました。ジュウッと白い蒸気が立ち上り、凍った雪が消えていきます。
「よくやった。行くぞ」
ゼンの父親は扉を蹴飛ばして開けると、中に入っていきました。
ドワーフの洞窟は真っ暗で、空気は氷のように冷え切っていました。
目が慣れなくてフルートがきょろきょろしていると、ゼンが言いました。
「なんでこんなに暗いんだよ。それに、なんでこんなに寒いんだ?」
「いつもは違うの?」
とフルートが尋ねると、ゼンの父親が答えました。
「ああ。灯りがすべて消えているし、暖房も効いていない。『源の間』に何かあったな。だから、扉も凍りついたんだ。ゼン、灯り石は持っているな?」
「うん。ほら」
ゼンがベルトに下がった袋の中から白い石を取り出しました。とたんに、ぼうっと光が広がって、あたりを照らしました。ゼンの父親も自分の袋から光る石を取りだすと、かざしながら歩き出しました。
「人間は俺たちより夜目(よめ)が利かないからな。足元に気をつけるんだぞ」
とゼンの父親がフルートに声をかけてくれます。
洞窟の中の道は下り坂になり、やがて長い階段に変わりました。どんどん地下深いところへ下りていきます。それにつれて凍るような寒さは和らいできましたが、相変わらずあたりは真っ暗でした。ドワーフの父子が持つ石の光だけが頼りです。
そのうちに下のほうに光が見えてきました。そこを目ざして下りていくと、突然視界が開けて、地中の巨大な空間に出ました。岩でできた回廊と階段が張り巡らされた下に、丸いドームを伏せたような小さな家が並んでいます。家の戸口や街角には光る石が置かれていて、町全体をぼんやりと照らし出していました。その光景は、黒い霧の中でかがり火をたいているロムドの町に似て見えます。
ゼンが空間の上のほうを見て言いました。
「太陽の石が光ってない」
「源の間から力が届かなくなっているんだ。当然だろう」
とゼンの父親が答え、不思議そうな顔をしているフルートに説明してくれました。
「ドワーフの町にも太陽があるんだ。と言っても、本物の太陽ではないがな。大空洞の天井にはめ込まれた太陽の石が、源の間から来る『力』を受けて、町を照らすようになっている。その光のおかげで、俺たちは地下でも作物が作れるし、牧場で家畜を飼うこともできる。来い、二人とも。源の間に行ってみるぞ」
そこで、フルートとゼンは、ゼンの父親の後について回廊を通り抜け、長い細い階段を町に向かって下りていきました。
ところが、もう少しで階段を下りきるというところで、下から登ってきた数人のドワーフが行く手をふさぎました。身長はフルートの肩くらいまでしかありませんが、赤い髪と長いあごひげの、がっしりした体格の男たちです。いかにも強そうな上に、手に手に剣や棒のようなものを持っています。
「どうして人間を町に連れ込んだ、ビョール。商売の時にも、町までは案内しない決まりだぞ」
とドワーフのひとりがゼンの父親に言いました。とても険しい声です。フルートを見るドワーフたちの目つきも、お世辞にも友好的とは言えないものでした。
「非常事態だ。こいつが凍りついた洞窟の扉を開けてくれた。源の間で何があったんだ?」
とゼンの父親が尋ねます。
「力のルビーが奪われた」
と別のドワーフが苦々しく答えました。
「奪われた? 誰に」
「グラージゾだ。今朝方、突然地中から現れて、源の間からルビーをくわえて逃げていった」
それを聞いたゼンが、ちっと舌打ちしました。険しい顔をしているので、どうやら、かなり危険な敵のようです。
「長老たちは?」
とゼンの父親がまた尋ねました。
「源の間に集まって会議中だ。さっきグラージゾの討伐隊(とうばつたい)が送り出された──どこへ行く!?」
大声で呼び止められて、ゼンの父親は足を止めました。
「もちろん長老たちに会いに行く。長老たちの耳に入れたいことがあるんだ」
「我々の町に人間を入れるわけにはいかん!!」
「それが決まりだぞ!」
「人間を追い出せ!」
とドワーフたちが口々に言いますが、ゼンの父親は聞き入れませんでした。
「こいつは重要なことを知っているんだ。それに、こいつはまだほんの子どもだ。勇敢なドワーフが子どもを恐れるとは、笑い話にもならんぞ」
「たとえ子どもだろうと、決まりは決まりだ!」
ドワーフたちも頑固に言い張ります。ついにはフルートの腕をつかんで追い出そうとしたので、ゼンの父親はそれを払いのけました。強い口調で言います。
「だが、その決まりが昔変えられたこともあったはずだぞ!」
ドワーフたちは、はっとして、すぐに不愉快そうな顔に変わりました。
「おまえたちはまったく人間びいきだな。タージめ」
とひとりが侮蔑(ぶべつ)するように言います。
とたんにゼンが、かっと赤くなりました。馬鹿にした相手に飛びかかっていこうとします。
「ゼン!」
ゼンの父親は厳しい声で止めると、二人の子どもを連れて無理やりドワーフたちを押し切りました。
「通らせてもらうぞ。我々ドワーフにも関係がある大事な話なんだ」
ドワーフたちは舌打ちすると、武器を持ったまま、ぞろぞろ後ろからついてきました。人間に対する憎悪の表情を隠そうともしません。フルートが少しでもおかしなそぶりを見せれば、たちまち後ろから襲われてしまいそうです。
そして、もうひとり。ゼンも、拳を固く握りしめ、怒りをやっとこらえる表情で歩いていました。
フルートは聞いてみたいことがいろいろありましたが、この状況では何も言うことができなくて、ただ黙ってゼンの父親の後をついていくしかありませんでした──。