「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第1巻「黒い霧の沼の戦い」

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第1章 金の石の勇者

1.稽古

 町はずれの一軒家の裏庭から鋭い声が響いていました。

「やぁぁっ!!」

 チャリン、カキーン……!

 剣と剣がぶつかり合う音が重なります。

 裏庭で、中年の男と少年が戦っていました。

 男はひげ面で全身黒ずくめの服、子ども相手に容赦もなく大剣をふるっています。

 少年は金髪に青い目、小柄で女の子のように優しい顔をしていますが、戦う姿はなかなか勇敢です。敵の剣をかわすと隙をついて至近距離に飛び込み、勢いよく切り上げます。

 男は、おっ、と声を上げて、とっさに剣で受け止めました。とたんに男の剣がはじき飛ばされ、宙で回転して切っ先から地面に突き刺さります。

 少年はさらに踏み込むと、男の喉元に剣を突きつけました。

 うぅむ、とひげ面の男は両手を上げました。

「まいった、フルート。ついに一本取られたぞ!」

 少年はそれを聞くと、にこっと笑って剣を鞘に収めました。

 

 ここはロムドの国の西にある、シルという小さな田舎町でした。

 少年の名前はフルート。勇敢で心優しい子どもです。

 大怪我をしたお父さんのためにフルートが魔の森へ行き、泉の長老から魔法の金の石をもらい受けたのは、今から二ヶ月ほど前のことでした。魔法の金の石には、どんな病気や怪我でも治せる不思議な力があるのです。

 石のおかげでフルートのお父さんは一命をとりとめました。そしてフルートは、この世界に邪悪な闇が迫ってきていること、自分がそれと戦う金の石の勇者に定められたことを知ったのでした。

 

「しかし、腕を上げたな、フルート」

 とひげ面の男が言いました。ゴーリスというのが彼の名前です。元は偉い貴族に仕える騎士で、城の占い師の予言を受けてシルで金の石の勇者を待ち続けていたのですが、フルートがその勇者だと知ってからは、毎日こうして剣の稽古をつけてくれていました。

「たった二ヶ月で俺と互角に戦うまでに成長したんだから、まったく驚きだ。こう言っちゃなんだが、俺も城では指折りの剣士だったんだぞ。いくら才能があっても、普通なら、ここまで上達するのに十年はかかるところだ。まるで何かがおまえを助けてくれているようじゃないか」

 ゴーリスに言われて、フルートはちょっと考え込みました。

「多分、泉の長老が助けてくれているんだと思う……。金の石を通じて力が送られてくるのを、感じることがあるから」

 とフルートは服の内側から鎖に下がったペンダントを引き出しました。草と花を透かし彫りにした金の縁飾りの中に、小さな金の石がはめ込まれています。それが、世界にたったひとつしかないという、魔法の金の石なのでした。

「それはしまっておけ」

 とゴーリスは厳しい声になりました。

「今はまだ金の石の存在を明らかにする時期じゃない。ただでさえ、そんなに高価そうな成りをしてるんだ。誰かに盗まれたりしたら大変だぞ」

 それを聞いて、フルートはあわててまた金の石を服の内側に隠しました。フルートがこの石を持っていることは、ゴーリスとフルートの両親、それに、フルートと一緒に魔の森に行ったジャックだけしか知らない秘密でした。あらゆる怪我や病気を治す魔石があると世間に知れたら、大騒ぎになってしまうからです。フルートの父親が瀕死(ひんし)の状態から奇跡的に回復したのも、旅の魔法医が通りかかって、気まぐれで癒しの魔法をかけていったのだろう、ということになっていました。

 

「だがまあ」

 とゴーリスが地面に刺さった剣を抜きながら言いました。

「いくらうまくなったと言っても、おまえはまだ子どもだからな。実際の戦闘になれば、体が大きくて力の強い大人のほうが断然有利だ。今のように敵のふところに飛び込んでも、敵に捕まってしまったらどうしようもないぞ。あと七、八年経って、おまえが一人前の体つきになれば、向かうところ敵なしになるんだろうが」

「七、八年……」

 フルートは顔を曇らせました。

 泉の長老は、世界のどこかですでに邪悪なものが動き出していると言っていました。そんなに長い時間をかけている暇があるだろうか、と考えたのです。

 すると、ゴーリスがフルートの肩を叩きました。

「その弱点を補うには、良い武器と防具を揃えることだ。今はショートソードを使っているが、ロングソードのほうが戦いには有利だ。ビスクの町に行って、軽くて扱いやすいロングソードを見つけることにしよう。明日、学校が終わったらうちに来い。行って帰ってくるのに四、五日はかかるから、ちゃんと両親に断ってから来るんだぞ」

「え、明日もうビスクに行くの!?」

 フルートは目を輝かせました。シルの町の子どもたちにとって、ビスクの町に出かけるというのは、めったにない特別なことだったのです。

 そんなフルートの顔を見て、ゴーリスは笑いました。

「小遣いを持ってきてもいいぞ。ビスクにはうまいものを食わせるいい店もあるからな。楽しみにしていろよ」

「うん! ──じゃない、はい!」

 フルートはわくわくしながら返事をしました。金の石の勇者といっても、まだたった十一歳の子どもなのです。大きな町に並ぶ店や珍しいもの、楽しいものを想像して、嬉しさで胸がはち切れそうになります。

「よし、それじゃ明日の昼過ぎに出発だ。おまえの馬は俺が準備しておくからな」

 とゴーリスは笑いながら言いました。

 

 けれども。

 フルートとゴーリスは、ついにビスクの町に出かけることはできなかったのでした――。

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